中編 2

「ほう…………誰だか知らぬが、この封じられた扉を開いたバカがおるようじゃな」


 初めに三人が集まっていた巨大な扉の前の広間に、金髪黒目の不気味な少年が姿を見せた。

 彼は今まで何度もこの扉に足を赴きながらも、決して開けることが叶わなかったのだが、どうやら誰かが代わりに開けてくれたようだ。


「クックック…………僥倖僥倖。どれ、エッツェルの奴がをくすねに行くとするかのう。そしてついでに、この扉を開けた愚か者共の顔でも拝みに行ってやるとしようか」


 そう言って少年は恐ろしい笑みを浮かべながら、扉の先の暗闇へと消えていった。



 ×××



 通常、アンデットと呼ばれるゾンビやスケルトンといった魔獣は、心臓が止まっているものの、その個体自体には魂魄や術核などの何らかの動力源となるものが必ず存在する。

 例えば屍神であるエシュは、その右手に埋め込まれた狒々の骨が、彼を彼たらしめる呪物であり、これが失われればエシュは動くことが叶わない。


 しかし、3人の前に立ちはだかる三つ首の竜は、そういった動力源となるような部位、もしくは内包された魂の存在が一切感じられなかった。

 そのようなことが理論上ありえないことは、死や魂と言ったものが身近な死神リルヤも屍神エシュは十分に理解しているはずだった。


「来るぞ、構えろ」


 エシュの一声で、3人は思い思いの方向に跳躍し、その直後に三つの頭から炎と冷気と雷が一斉に放たれた。

 それだけでなく、三つ首竜が一度後ろ足だけで立ち上がり、ズシンと着地した瞬間、地面全体が大きく揺れ、3人の身体はトランポリンに乗ったかのように跳ね上がった。


「いきなりクライマックスたぁご挨拶だな! いいぜ、だったらこっちも初めから出し惜しみなしだ!」


 そう言うと桐夜は、自身の体内に組み込まれた「本物の」魂鏡石の力を解放した。

 ほとんどの場合、桐夜は履いている靴や装備している銃に内蔵されている量産型の魂鏡石を使用するのだが、今回の相手ではそれでは足りないと判断したのだろう。

 魂鏡石の力を解放した桐夜は赤いオーラを纏い、4つの銃身が開いた特殊拳銃で、真ん中の首に光る赤い宝石目がけて徹甲弾を連射した。


 連射をもろに受けた真ん中の首は一瞬怯んだようだったが、破壊するには至らない。

 逆に、赤い真ん中の首は桐夜めがけて巨大な火球を吐き出した。

 耐熱金庫にも穴をあけかねない威力の火の玉が襲い来るが、桐夜は赤い楕円形の防御結界を展開し、正面からこれを防いで見せた。


「おい、二人とも無事か!」

「うん、こっちは大丈夫」

「俺もだ。しかし、隙がないなこいつは。一本ずつ確実に首を折っていくしかあるまい」


 右の方に回避していたエシュは、そのまま青色の首を相手に戦っていた。

 まるでミサイルのように発射される鋭いツララを、装備している2メートル近い鉄昆で無理やり粉砕しつつ、青い首を躱すと、低い姿勢から真ん中の赤いクビの根元に叩きつけた。

 これもまた首を折るには至らなかったが、手ごたえはあった。

 おそらく、何度か攻撃を集中すれば、いずれかの首を折ることは十分可能だろう。


「となれば、まずは真ん中からかな。僕は後ろの方に回る」


 左の方に迂回したリルヤには、黄色い首が光る宝玉から青白いプラズマを飛ばしてきた。

 リルヤはかつての英雄の魂から、韋駄天とうたわれた強脚自慢の魂魄の力を借り、機関銃のように降り注ぐプラズマの連撃を右に左に掻い潜り、背後へと回った。


「さぁて、お前の首、いただくよ」


 リルヤは軽快な動きであっという間に三つ首竜の背中を駆けあがると、暗黒竜の爪から作られた鎌「グッドホープ」を真ん中の首目がけて振り下ろし、縦に真っ二つに切り裂いたのだった。


「よし、まずは一本!」

「なかなか硬かったが、壊せないわけではないようだ。あと二本たたき折れば、この竜も恐らく無力化できるはずだ」

「次はどっちの首だ? 俺のキックで粉砕して…………うん!?」


 二本目の首を無力化しに行こうとしたところで、真っ先に異変に気が付いたのは正面にいた桐夜だった。

 つい今しがた粉砕して落としたはずの真ん中の首の根元が、不気味にうごめいていたのだ。

 ついには、うごめいているところが一気に盛り上がり、物の数秒で破壊した首が再生してしまったのだった。


「うそでしょ!? もう回復するの!?」

「幾らなんでも早すぎるぞ!」


 再び三つの首が揃った竜の死骸は、また炎や氷、雷などをばら撒いてくるのかと思いきや…………バラバラに動いていた首が真ん中に寄るように集い、、それぞれの口が開いたところに濃い紫色の瘴気が集まりだしたではないか。


「あれは…………お前ら、急いで俺の後ろに隠れろ!!」

「!!」「!!」


 嫌な予感がした桐夜は、リルヤとエシュを後ろに引かせ、庇うように前に出た。

 そして、魂鏡石の力を最大限に開放して、前面に白く輝く結界を展開した……その直後、集まった瘴気が濁流となって暴れ狂い、空間をめちゃくちゃに揺らしたのだった。



 ×××



 同じころ、地上――――セントラルの街は、爆音と共に突然大きな揺れに襲われた。


「何事だ! 被害の把握を急げ!」

「直下型の地震ではないかと思われますが、詳細は不明です。治安維持部隊は直ちに出動します」

「各所で火災が発生しているとのこと! また、建物の崩壊も報告されています!」


 震度5強程度の直下地震に見舞われたセントラルの街は、一瞬で混乱状態に陥った。いくつかの建物が崩れ、火災も発生し、すでに商店街で略奪が発生しているようだった。

 もっと被害が大きかったのはセントラル地下で、無法状態で建てられた貧困層のバラックや犯罪者のアジトが軒並み倒壊し、あちらこちらで崩落が発生しているようだ。

 行政がすぐに災害救助を開始したが、多数の犠牲者が出るのは避けられない状態だ。

 だが、もう一度先ほどと同じ揺れが起これば、今度は更なる壊滅的な被害が発生するだろう。



 ×××



 地上に大混乱をもたらしたのが、地下深くで目覚めた三つ首竜の攻撃によるものだとは、誰が思っただろうか。


「あ、あぶねぇ……俺たち全員消し飛ぶところだったぜ!」

「……礼を言おう。お前が守ってくれなければ、流石の俺でも怪しかった」


 桐夜が持てる全ての力を使って張った白い結界は、何とか三つ首竜の大技を防ぐことに成功したが、よほどの威力だったのか、攻撃が終わった直後に結界はダメージに耐えきれず消滅してしまった。

 その気になれば、理論上は隕石の衝突すら防御する白い結界を破壊するとなると、その威力はとても生物が耐えられるものではない。


「でも、どうするの? いくら首を攻撃しても、このままじゃ埒が明かないじゃん」

「だったら次は胴体を狙うまでだ。それに、あの首を折ったのは完全な無駄ではなかった。おそらく先ほどの大技は、首が三つ揃わなければ放てないはずだ」

「そうだな、守ってばかりじゃいつまでたっても勝てねぇ。リルヤ、お前は首の陽動をやってくれ、その鎌なら俺たちの武器よりもよっぽど効くだろ」

「うん、わかった」


 首を破壊しても再生すると分かれば、次に狙うのはその胴体だ。

 いくらなんでも根元を破壊してしまえば、頭の再生は止まるだろうと考えたからだ。


「征くぞ」


 エシュの言葉が合図になったように、三人は再び各々が攻撃を開始した。

 この中で最も早いのは、魂鏡石の力を靴に宿す桐夜で、彼は真正面から首の攻撃を打ち破ると、胴体目がけてハイキックをお見舞いした。


「砕け散れぇっ!!」


 全ての「色」を重ねた超威力の蹴りが、三つ首竜の胴体に直撃。

 助走の勢いも合わせた衝力は凄まじく、さらに彼自身の「正義の力」がこの竜に対してそれなりに効果があるようで、その相乗効果でダメージは大きく加速した。

 三つ首竜はその巨大な胴体に大穴を開け、勢いよく後ろに吹っ飛んで巨大な柱に体を強打した。


 だが、驚くことにこれも決定打になりえなかった。

 三つ首竜の胴体に空いた傷は、暫くもしないうちに逆再生を見ているかのように塞がっていくのだ。


「往生際の悪い奴だ」

「まったくだね! まるでどこかのゾンビのようだ!」

「ふん」


 胴体が衝撃を受けているうちに、リルヤが黄色の首に鎌を突き立て、エシュが根元を鉄昆で粉砕する。

 悪態を付きながらも見事な連携で、またしても首が一本もげたものの、根元ではすでに再生が始まっている。

 その上、長さが10メートル近くある細長い尻尾が、まるで鞭のようにしなり、自分の首を折る無礼者を打ち付けようと高速で迫った。


「よっと」

「っ……!」


 二人はギリギリで避けたが、身体からバラバラに離れざるを得なかった。

 その間にも胴体の再生が進んでしまっている。

 

「こいつ…………なんでこんなに」


 しぶといんだとリルヤが疑問に思ったとき、彼はふと自分の懐に仕舞った懐中時計を取り出した。

 すると、この三つ首竜の驚くべき再生のメカニズムをようやく理解することができた。


「何この早さ……? 1秒で……10日!!??」

「なんだと? ということは、この化け物は1秒で10日分再生するわけか」

「はっ、道理で殴っても殴っても回復するわけだ」


 どうやらこの空間では、たった1秒で10日分もの時間が経過してしまうらしい。

 普通の生き物は一瞬で干物になるわけだが、目の前の化け物は再生能力を持つ死骸なので、時間が早く経過することはメリットしかないわけだ。


 これがもし正常に時間が流れる空間であれば、3人の猛攻が再生能力を余裕で上回っただろう。

 だが、今や目の前の三つ首竜は実に84万倍の再生速度を持っているのだから、理不尽どころの話ではなかった。


 もはや打つ手はないかと思われた絶望的な戦況だったが…………

 ふと、3人の頭の中に直接声が聞こえた。



『――――――同時に、首を……。首を―――みっつ』



「何だなんだ今の声? お前たちじゃないよな?」

「掠れてはいたが、確かに聞こえたね。首を三つだってさ」

「それはつまり、三つの首を同時に落とせと言うことか……?」


 3人が意見を交わしている間にも、三つ首竜は体の修復をほぼ終え、赤、青、黄に輝く宝玉もきれいにそろっていた。

 動きがゆっくりしているところを見ると、またあの大技が飛んでくる前触れなのだろう。


「……やるしかねぇか!」

「ああ、攻撃の好機は必ず訪れる。……いや、何とかして俺が導き出す」

「せめて動きを少しでも止められれば、チャンスはあるかもしれないね」


 少ないながらも「希望」が見えたことで、三人はやる気を取り戻した。

 果たして彼らは、勝機を掴めるだろうか?

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