中編 1
扉を潜った先は、あたり一面の闇が広がっていた。
3人はそれぞれ光源となるものに灯りをつけて、進む先を照らしながら速足で駆け抜けていった。
「そういや一つ気になったんだが、お前ら二人は知り合いなのか? 随分と仲がよさそうに見えたんだが」
「……俺がこいつと知り合い?」
「仲がいい? あっはっはっはっは、君にはそう見えるんだ!」
彼らはなし崩し的にパーティーを組んで、特に深く考えずに共闘しようとしていたが、お互いに自己紹介をしていないことに今更気が付いた。
「そうだ、まだ名乗っていなかったね。僕はリルヤ、死神さ」
「はっ……やっぱり死神か。持ってるその鎌、ただならねぇ物だと思ってたぜ」
まず初めに名乗ったのが、大きな鎌を持った銀髪おかっぱの少年……リルヤ。
彼は元々、冒険者たちの眠る無人墓地の墓守をしていた死神で、その鎌には古今東西の数多の英雄の魂が収められている。
リルヤは彼らの魂がもつ戦いの技術を一時的に自分のモノにすることで、変幻自在の戦い方を可能としている。
「俺はエシュ……傭兵の端くれだ。この死神とは、かつて殺し合いをした仲だが」
「へぇ、もともと敵同士だったのかお前ら。よく一緒に仕事しようと思ったな」
「ふん。傭兵とはそういうものだ。過去には過去の事情があろうとも、今は同じ雇い主の下で働く者同士。余計な感傷など不要だ」
エシュと名乗った、動物の頭蓋骨を被った褐色の大男は、生きている人間ではない。屍のまま蘇った「屍神」であり、彼もまたその体内に数多の犠牲者の魂を宿した戦士である。
歴戦の傭兵としてあちらこちらの世界を渡り歩くエシュは、かつてとある世界でリルヤと対峙したことがあった。
「そういう君の名前は? 随分と戦いなれているようだけど」
「俺か? 俺は
「冗談が下手な男だな。もう少しましな嘘はつけないのか?」
「いいじゃねぇかヒモだって! ヒモだからって無能じゃなきゃいけねぇ法律はどこにもねぇぞ」
最後に名乗ったのは、灰色のジャケットとジーンズを着用した、どこか抜けたような雰囲気のある男……
性格は飄々としているが、全身から隠し切れない膨大な魔力と、足に装着したゴツい戦闘靴は明らかに只者ではない。
現に、彼は別世界で活躍した英雄であり、魂鏡石と呼ばれる特殊な鉱石の力を用いた体術を駆使して戦うれっきとした
結局三人とも、名乗っただけで肝心の実力について伏せたままだった。
それでも、お互いがお互いを油断できない相手であることは理解したようで、それ以上は追及することはなかった。
「しっかしあれだな、何もいねぇな。3人もいらなかったんじゃねぇの?」
「そう考えるのは早計だ。あの依頼人があえて俺たちを選んだのにも、それなりの理由があるはずだ」
「へぇ、一度はエシュさんを殺そうとした相手なのに、随分と評価するんだね」
「一々煩い奴だ…………そもそも俺はあいつに恨みは抱いていない。敵なら敵、味方なら味方、ただそれだけの話だ」
「傭兵ってのは随分とドライなんだな……正直俺には理解できねぇ」
桐夜の言う通り、いかにもな雰囲気の場所だというのに、敵対生物には全く遭遇しなかった。
彼ら三人のうち一人でもいれば、各エリアの主と目される賞金首を倒すことができる実力があるというのに、このままではただのお使いでしかなかった。
とはいえ「口が堅くて不測の事態に備えられる」と言う点では、彼らが適任であることは疑いようがない事実だ。
特にこの仕事を依頼してきた女性は、エシュとはかつて殺し合い寸前まで行ったことがある因縁の相手だったのだが、彼女は彼女なりにエシュの力量を認めているらしい。
「それにほら見てよこれ、こんなに時計がグルングルン回るなんて、まるでゲームか何かみたいだと思わない?」
「うわっ……そんな勢いで時間が経ってるのかよ!? 術がなかったら、俺たちは今頃干物になってるってことか」
「あいにく俺は歳を取らないが…………それでもここまで早く時間が過ぎれば、衰弱でまともに戦えなくなるだろうな」
リルヤが手に持っている懐中時計は、まるで狂ったかのように長針と短針が高速で回転していた。
その速さは、1秒で30分進む……つまりこの場所は地上の1800倍の速さで時が経過しているのだ。
(人間は3日も飲まず食わずではほとんど動けなくなる。要するに、無策でこの空間に20分もいればほぼ餓死するってわけか…………この時間の流れは、俺の力で対抗できるものなのだろうか)
桐夜は移動しながら、自分が持つ能力でこの時の流れが狂った空間に対応できるかを考えていた。
今は依頼人の術で正常な時間が流れているが、もし今後再びこの場所に足を踏み入れることがあれば、自分だけの力で突破できるのか…………念のため備えておくに越したことはない。
「エシュと言ったか。お前は……このまま何事もなく、目的の場所までたどり着けると思うか?」
「俺は思わんな。その証拠に、入り口に比べて随分と空気に嫌なにおいが混じっている。これはまるで、何かの体の中にいるようなものだな」
「うん、僕も感じるよ。あの階段の先から強い「竜」の気配がする」
「やっぱりそうか…………俺もなんだか、竜の口の中に飛び込んでるように思えたんだが、気のせいじゃなかったってことだな」
進むごとに、3人の身体に得も言われぬ緊張感がのしかかってくる。
まるで空気そのものが生き物となって押しつぶしてくるかのように、奥に向かえば向かうほど目に見えない重圧が感じられたのだった。
『───わ、…せ』
「ん? 誰か何か言った?」
「あん? 俺は何も……」
「……気のせいだろうか。俺も何かの声が聞こえた」
暗闇の中の大きな階段を降りきった3人は、ふいに聞こえてきた声を聴いて立ち止まる。
だが、耳を澄ましても何も聞こえない。
「しかたない、こういったものは経験上進めば原因がわかる」
「今のところ罠みたいなものはないしね、もし罠があったとしても、僕が『漢探知』するから問題ないけど」
「勝手に罠にかかる分にゃ好きにすりゃいいが、俺を巻き込むのは勘弁してくれよ?」
幸い、その後の道中には罠はなかったが、ひたすら通路を進んでいった先にまたしても巨大な扉が立ちふさがった。
しかも、その扉の先から何か尋常ではない気配があった。
「どうする? これもしかしてボス戦じゃない?」
「知れたことだ。引き返す理由などない」
「そんじゃ、鍵、開けるぜ」
一応確認したが、お互い扉の先に進むことに異論はなかった。
桐夜が扉の横についていた鍵穴に、持っていた鍵を差し込むと、果たして巨大な扉は轟音とともにゆっくりと開いていった。
扉の先に広がっていたのは――――
「これは…………神殿かな」
電車と同じくらいの太さのある大理石の柱がいくつも並んだ大広間。
見上げても天井が見えないほど高く、フロアはスタジアム丸ごと一つ入りそうなほど広大だった。
みれば、広間の一番奥の方に強烈な光を放つ場所があり、入り口からはよく見えないが、中に何か人影のようなものがいるようだ。
しかし、それ以上に彼らの目に留まったのは…………フロアの中央に堂々と鎮座する、巨大な黒い塊だった。
「死神さんよ、あれをどう見る」
「うん、完全に死んでるね」
「死んではいるが、何か変だ」
もっと近づいてみてみると、それは三つの長い首を持った巨大な竜の様な何かであることが分かった。
その何かからは呼吸も鼓動も生命力も感じない。完全な死骸そのものであった。
だが、その死骸は――――
「嘘だろ……こいつ、立ち上がりやがった!」
「こいつはアンデット? いや……きっとそんなものじゃない。魂すらないただの物体が……」
「来るぞ、構えろ」
ただの死骸だったはずの巨大な三つ首竜は、侵入者の気配を感じるや否や、叫び声すら上げず、無言でその場に四つ足で立ち上がると……真ん中の頭が赤、右の首が青、左の首が黄色に、それぞれの頭に埋め込まれた宝玉が輝きだしたのだった。
※長くなりそうなので、中編を分割します
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