御面様の祠 7
駐車場から搬入口までやってきた良雄さんと榎田さんの車に、それぞれが乗り込み、ずっと整備がされていない封鎖されていた山道を進む。良雄さんの軽トラックに続いて山道を走る榎田さんの車は、思ったよりも狭く、時折小石や小枝を踏むのか、車体がガタガタと揺れる。その度に美穂ちゃんが起きないかを心配して後部座席を覗くけれど、美穂ちゃんは全く起きる気配がなく、それもたまに心配になった。
——美穂ちゃん、本当に爆睡してるだけなのかな……。
「美穂さんは、すっかり夢の中みたいだね」
「はい、びっくりするほどに」
「よほど怖い思いをして思考能力の電源が落ちた、ってことなのかな」
「かもしれないですね……」
あの時、炎に包まれたお面に襲われそうで、私も恐怖心に飲み込まれて美穂ちゃんのことまでは気がまわっていなかった。美穂ちゃんはずっと私の背中にしがみつき「ごめんなさい」と言っていたところまでは、覚えているけれど、その後は、自分が自分じゃないみたいだった。足には赤く爛れた顔の武山さん、背中には美穂ちゃん、そして、炎に包まれたお面がすぐそばまで来ていたのだから。
——その時も、プールの時も、恐怖に飲み込まれそうな時は良雄さんが助けてくれた……
良雄さんの気遣いにだいぶ助けられていると、前を走る軽トラックを見ながら思った。運転をしている良雄さんは、今、武山さんとどんな話をしているのだろうか。この際だからと、Nature’s villa KEIRYUのダメ出しを思いっきりしているような気がする。その様子を想像すると、子供のように叱られている武山さんの赤く爛れた顔が思い浮かんだ。
榎田さんも同じことを考えていたのか、「前の車では良雄くんが武山さんに文句を言ってるんだろうね」と話を振ってくる。
「本当ですね。叱られた方が武山さんのためかもしれないです」
「そうだねぇ。あんなすごい建物だとは僕も思っていなかったし、それに——」
「それに?」
「良雄くんだけじゃない。ここら辺の地元の人はみんないい顔してないから。だからと言って、今更あれを壊すのも、環境によくないし、本当に困ったもんだね」
確かにそうかもしれない。作る時は作る時で、運営している時は運営している時で、そして、壊す時は壊す時で、環境に負荷がかかる。
「それに、こんなことが起きちゃったら、その後の風評被害も心配だね」
榎田さんのその言葉に、忘れていたレイさんのことや、ユキヒコさんのこと、水野さんに、博之さんのことを思い出す。背中が疼くような気がして、座席に座り直した。
「ごめんごめん、こんな話しちゃうと、色々と思い出しちゃうわね。えっと、霧野さんは、今、何歳なのかな?」
「え?」
「あ、女性に年齢を聞いちゃあダメだわね」
「全然、大丈夫ですよ。今年でもう三十二です」
「そうか、うちの娘より少し下だね」
「そうなんですか」
そう言えば、良雄さんがそんなことを言っていた。娘さんが確かいるとか、いないとか。
「僕はね、まだ子供たちが小さい頃に奥さんを亡くしてね。男手ひとつで育ててきたんだけど、そりゃあ、そこそこ、思春期も大変だったけどね。それなりにいい子たちに育ってくれて。祠を探し始めてからはさ、下の娘なんか、お父さんこんな情報があるよってね、インターネットで調べて持ってきてくれたりさ、するんだわ」
「へぇ、なんか、いい関係なんですね」
「あはは、そうだといいんだけども。それでさ、ある日、
——ミヨさん……、祠の話をしてくれたって人だ。そして、今朝、亡くなった人……。
「美代さんはさ、子供食堂ってわかる?」
「はい、子供たちがほぼ無料で食べれる食堂のことですよね?」
「そうそう、それ。今はさ、テレビとかでも特集あったりするけども、美代さんはそんなんよりずっとずっと前から一人で子供食堂をしている人でね」
そういうと、榎田さんは少し口をつぐんだ。前を向いて運転をしているし、眼鏡をかけているからその表情を読み取ることができないけれど、心の整理をしているように、私には思えた。
「今日の朝ね……、息を引き取ったんだけどもね……」
「そうですか……」
「その美代さんに会わせてくれたのも、下の娘でね。全然そんなこと知らなかったんだけど、ボランティアで子供食堂を手伝っていたみたいでねぇ。ははは、大人になった子供の世界は知らないから当たり前なんだけども。なんか、そんなボランティアするような子じゃなかったから、親としては嬉しくてね。それで、その美代さんがさ、祠の話を娘がしたら、僕に会いたいって言ってくれて。それで——」
榎田さんはそこまで話し、車を一時停車した。どうしたのかと思って前方を見ると、良雄さんと武山さんが軽トラックから降りて、軽トラックの前方に消えた。
「石か、木か、何かあったんだろうね」
「そう、ですね……」
順調に山道を進んでいるけれど、時々木の枝が榎田さんの車にも触れる。山に人が手を入れ、整備がされないとはこういうことなのだと、思った。
「そうやって、見えないところでちゃんと山を守ってくれる人たちがいて、成り立ってるんだわね。僕も自動車関連の仕事をしている時は、全然そんなこと考えても見なかったけども。祠を探してあちこち山奥に行くとさ、山を綺麗にして守ってくれてる人のこと、知ることができてね。いくつになっても、勉強することが山盛りだわ」
軽トラックの前方に消えた良雄さんと武山さんが車に乗り込み、また白い軽トラックは走り出した。
「まだまだかかるもんで、霧野さんも寝てていいから」
深夜二時。この調子で進んでいくとなると、朝になってしまうような気がするけれど、眠る気にはならなかった。榎田さんも、良雄さんも危険な山道を運転している。
「まだ、大丈夫です」
「そう? 無理しないで、寝てていいから」
「お話、聞いてたいですよ。それで、その娘さんが祠を知ってる人と出会わせてくれたって話でしたよね?」
「ああ、うん。そうなんだわ。美代さんはさ、一人もんで。きれいな人なんだけど、顔に大きな火傷の跡があってね。詳しくは聞かなかったけど、昔は山奥の村に住んでいて、それで逃げるように街中にやってきて暮らしてるって言っててさ。その、昔住んでた村で、どうやら御面様の祠があったみたいで」
「そうなんですね」
「そうなんだわ。だもんで、その話を聞かせてくれたんだけども、結局一緒に行きましょうの約束だけで、先に逝ってまって。病気だってわかってからはさ、どうしても祠を探し当てたくて、そしたら史料館であの古い地図を見つけてね。それで、今日、こうして見事に御面様に祟られて、その祠に向かってるってのはね、今朝亡くなった美代さんの思し召しなのかなって思うんだわ」
榎田さんは、そういうと、「こんな話、面白くもなんともないね」と言って、寂しそうに笑った。
「祠を探してるのは、声が聞こえたからなんですよね?」
「ああ、その話、そういえば霧野さんにしてたわね」
「はい、あのセンターハウスで」
「そうなんだわ。その声が聞こえて、もう五年か、四年か……。本当はもっとずっと前から探してたんかもしれないね。でもさ、美代さんと出会ってからは、あっという間に時が過ぎた気がするなぁ。ははは、綺麗な人だったもんでね」
「そうなんですね」
榎田さんはそこまで話すと、しばらく無言で運転をした。
——僕の想像だけど、榎田さんは、多分その人のことが好きだったのかなって。
良雄さんの言葉を思い出し、榎田さんの深い悲しみを想像しながら私は目を閉じた。榎田さんは、きっとミヨさんの為に、その祠に行きたいのだ。
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