御面様の祠 6

「榎田さんまで……」

「でも良雄くん、これを見て欲しいんだけども」


 榎田さんがそう言って、懐中電灯で自分の足元の草が生えている辺りを照らすと、良雄さんが私の隣で「道?」と呟いた。


「道に見えなくもないだろ? ここだけ砂利が奥に入り込んでいて、草が少なくなっているように見えないかい? それに——」


 榎田さんが懐中電灯の光をその先に照らすと、木々が茂る他の場所とは何かが違う気がした。


「木と木の感覚が、他の場所より広い気がするんだけども」

「そう言われれば……そんな気が——」


 榎田さんの立っている位置まで山道を下り、榎田さんの照らしている方向に向かって、良雄さんが歩き始めた。草を手でかき分けるというよりは、草を踏み倒して行くように、どんどん進んでいく。


「車一台って感じの、道といえば道ですね」

「そうだろ? その先はどうだい?」

「どうでしょうか、行けるか、行けないか——」


 その様子を山道から窺っていると、だいぶ先まで進んでもうあまり見えなくなってしまった良雄さんが叫んだ。


「ありました! 柵です! 霧野さんが言っていたような木でできた柵がありましたー! と、それにー! その奥にも山道が続いていますー!」


 懐中電灯の向きが変わり、しばらくその場所で、真っ直ぐに伸びる光の線があちこちに動いたかと思うと、良雄さんがこっちに戻ってくる姿が見えた。


 ——良かった。やっぱり道はあったんだ。それに今、良雄さんがいた場所は……


 私が赤い傘を見たような気がした場所に近い気がした。良雄さんは歩きながら草をさらになぎ倒し、道になるように踏み倒しながら戻ってくる。


「霧野さん、ありがとう」と、隣にいる榎田さんの声が聞こえ、思わず「え?」と聞き返すと、榎田さんは私の声に気づかなかったのか、良雄さんに話しかけた。


「良雄くん、車が入れそうだったかな?」

「そうですね、実際に行ってみないとだけど、でも木でできた柵は朽ちていたんで、今取り外して来ました。問題は、今見えているところの先、祠があると思われる場所まで行くのが大丈夫なのか、ですよね」

「そうだわね……。ダメなら引き返すか、歩くか……。でも、ありがたいことに、雨は弱くなっているね」


 榎田さんのいうように、確かに雨はさっきよりも少し小降りになっている。懐中電灯に照らされる雨粒の線も細くなっている気がした。


「僕の車は小さな四駆だから入れるとして、良雄くんの軽トラはどうだろうか?」

「榎田さん、僕の軽トラはもう生産が終了している古い型です」

「じゃあ——」

「中古でも人気の軽トラック。農道を走るフェラーリといえば、僕の乗ってる軽トラックのことですよ。もちろん四駆です」

「それじゃあ——」

「ハウスに戻って、もう一度場所の確認と必要なものを積み込みますか」


 ——リカさん、リカさんがきっと、教えてくれたんだよね。暗闇でも目立つほどの真っ赤な傘をさして、ここだよって。


「霧野さん」と良雄さんに名前を呼ばれ良雄さんを見ると、良雄さんはすまなさそうに微笑んで、「本当にリカさんが教えてくれたのかもね」と言った。その言葉を聞いて私は無言で頷いた。目に見えない世界も、きっとあるのだ。そう思った。心が通えば、実在していなかったとしても、リカさんは、私の知ってるリカさんだ。


「絶対に祠を見つけたいです」


 そう言った後で、ふと思った。榎田さんはなぜ祠を見つけたいのだろうか。ある日、女の人の声が聞こえたと言っていた。


 ——聞こえたんだわ。悲しそうな女の声で、私を探してって。私の醜いお面を探してって。


 榎田さんが聞こえた声は、リカさんなのだろうか。でも、リカさんは祠にいるわけじゃない。確か、リカさんが話してくれたキャンプ場の話は——


「霧野さん?」と良雄さんに呼ばれ、目の前に意識を戻した。「すいません。考え事してて——」と、先を歩く良雄さんと榎田さんのそばに向かう。でも——


 なぜ、榎田さんに突然そんな声が聞こえたんだろうか。


 ——さっき話した、その子供食堂をやってるって女性がね、もうそろそろ息を引き取りそうだって——僕の想像だけど、榎田さんは、多分その人のことが好きだったのかなって。ミヨさんだったかな。逝く時にそばにいられなかったとか、そういう気持ちを振り切るために、むきになってるのかなって——その人が祠の話をした人だった気がするんだけど——


 ここに戻ってくる時に、軽トラックの中で良雄さんが話していたことを思い出す。祠の話をしてくれた、その人が今朝亡くなってしまったから、祠をなんとしても見つけたいと、むきになって探しているのだろうか。その子供食堂をやっていたという亡くなった女性の、大事な何かが祠にあるのだろうか。


 ——ダメだ、考えてもわからない。


 それに、どちらにせよ、祠を見つけて御面様の祟りを鎮める、それが一番の目的だということに違いはない。榎田さんも、良雄さんも、美穂ちゃんも、武山さんも、それに私も——お面を見て祟られてしまったんだから。


 御面様のお面を、武山さんが言っている祠に返し、そして許してもらわなくては。さっき御面様は炎に包まれて私に襲いかかって来た。美穂ちゃんは死んだように眠っているし、私の背中も、だんだん熱を持ってきているような気がしている。


 ——はやく、なんとかしなくては。博之さんたちみたいに、気が狂って死なないように……。


 建物の中に入ると、美穂ちゃんはさっきと変わらず爆睡をしていて、武山さんはひとり、怯えるように懐中電灯と猟銃の入ったバッグを抱きしめていた。すぐそばに行き、もう一度祠の場所を確認する。武山さんの話から想定する祠の場所は、いま見つけた山道の先。良雄さんの話だと、一時間も車で走れば着くようだった。行けるところまで車で進み、それ以上は歩いて進むことになりそうだと二人が話をしている。


「駐車場に倒れている木の先っぽの方を乗り越えれば、こっちに車が来れますよね」

「そうだと思うんだけども、良雄くん、軽トラックに何か道具のようなものはあるのかな?」

「もちろんです。とりあえず、コンパネを敷けばこっちに車は入れますよね。二枚くらいあるから、それを敷いてその上を乗り越えるくらいは全然大丈夫です。問題は——」

「進んだ先に土砂崩れ、だわね」

「ですね。見た感じ、もう長いこと整備されてないみたいだし。そうなると、岩とか、もしかして落ちてる場所があるかもですよね。武山さんの言っている場所に行くには、あの道を進み、途中、川沿いに出て、その川沿いの道を行くようなので、落石がどうか。でもその川沿いを進めば、小さなダム湖につくので、そこが多分、武山さんの言っている祠の場所かなって」

「運だけってことだね」

「そうですね、こればかりは。でも——」


 良雄さんは私の方を向いた。


「霧野さん、リカさんに導かれたんですもんね。それに、榎田さんも声が聞こえたって。だからきっと、大丈夫な気がします。僕、そういうの全く信じないんですけど、でも、もうここまでくれば、祟りだとか、呪いだとか、そんなんも信じちゃいそうな感じだし。だから、二人のその話も信じますよ。きっと、霧野さんの言ってるリカさんと、榎田さんが聞いた声の主が守ってくれますよ」

「良雄さん……」

「さてと、じゃあとりあえず、美穂ちゃんをどうするかですよね」

「僕の車の荷台の荷物はここに置いて行けばいいから、美穂さんは僕の車の後部座席に乗せていきましょうか」

「じゃあ、私も榎田さんの車に一緒に乗ります」

「てことは——」

「おぇ……は?」

「しょうがないから武山さんは僕の軽トラの荷台ですね」

「?!」

「うそです。しょうがないから、助手席に乗せますけど、僕の車が先を進むので、途中石が落ちてたり、木が倒れてたりしたら、当然、一緒に作業してもらいますからね。とりあえず、革靴とか、くるぶし見えてるお洒落なズボンとかいらないんで、雨合羽か、動きやすい服装に着替えて来てください。それと、長靴。ほら、今すぐに!」

「あいっ!」


 すっかり武山さんは、良雄さんのペースに飲み込まれている。真っ赤な醜い顔をした武山さんだけど、その方がいつもの格好をつけている武山さんよりも、ずっと好感が持てる気がした。人は見た目じゃない。大事なのはその内面なんだと、そんな様子を見て、改めて思った。そして、人の垣根がない良雄さんに、また好感を持った。


「よし、なんとしても祠を見つけて、この呪いをときましょう!」


 良雄さんが威勢良く言い、駐車場に向かって行く姿が闇の中に消えるまで、私はずっとその姿を目で追っていた。


 




 




 


 

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