御面様の祠 5
「うそ……」
急いで良雄さんの横に行き、懐中電灯の明かりをあちこちに向ける。でも、美穂ちゃんと一緒に見たあの古びた木の柵が見当たらない。
「でも、確かに今日この道を進んで、それで私たち見たんです!」
もう一度あちこちを懐中電灯で照らすけれど、あの緑の蔦が絡まった木の柵が見当たらない。「そんなわけない」と呟き、もう一度と、懐中電灯を来た道の方に向ける。
——あれは……
今一瞬見えた。暗闇でもわかるほどに赤い傘。どこまでも続く木の幹と葉っぱだけの世界の、その世界の狭間に、赤い傘が一瞬だけ見えた気がした。見えた気がした方向に懐中電灯を向けたまま、その位置まで山道を走って戻る。でも——
——ない……。道なんてない。でも、今確かに、赤い色が見えた。
恐怖に飲み込まれそうになったように、これもただの思い込みなのだろうか。リカさんは行方不明で見つかっていない。いないはずの人間の話をまともに信じて、いないはずの人間がさしている、赤い傘を見た気がしている。私の頭はおかしくなってしまったのだろうか。でも——
——確かに見えた……
そうならば、リカさんは私に何かを伝えたいんじゃないのか。生きていても、生きていなくても、存在していてもいなくても、私に何か伝えたいから、赤い傘をさして、私の前に現れるのではないか。そうであるならば——
「リカさん! いますか!? リカさん!」
自分でも頭がおかしくなった気がする。いないはずの人間の名前を呼ぶだなんてどうかしている。そう思う。思うけれど、湧き上がる感情が抑えきれない。行方不明でまだ見つかっていないと武山さんは言っていた。だとしたら、見つけて欲しくて、私の前に現れてくるのかもしれない。
「リカさん! 教えてください! 道は、道はどこにあるんですか! リカさん!」
リカさんの名前を呼びながら、その辺りを懐中電灯で照らし、手で草をかき分けて山に入ろうとする私の腕を、良雄さんがぐっと力を入れて引っ張った。その勢いで、良雄さんの胸に身体がぶつかる。ぎゅっと圧を込めて、私の身体を抱きしめ、良雄さんは優しく言った。
「しっかりして、霧野さん。リカさんなんて人はいないんだよ」
「でも……、でも、見えた気がしたんですよ! 赤い傘が! リカさんのさしている赤い傘が! 見えた気が……見えた気が……本当に見えた気がしたんです……」
——その女の子がまだ見つかってないならば、見つけて欲しい、私を探してって思ってるかもね。
リカさんが怖い話をした後で言った言葉が頭に蘇る。まだ見つかってないなら、その行方不明の女の人はきっとそう思ってると、リカさんは言っていた。もしも武山さんの話が本当で、リカさんはまだ見つけてもらえずに、真っ暗な山の中のどこかで、独り誰かに見つけてもらえるのを待っているのだとしたら。
——そうなら、見つけてあげなくちゃ。リカさんを。だって、見つけて欲しくて、私のところにやって来たってことなんじゃないの?
「リカさん……」
「霧野さん……、リカさんなんて人はいないんだよ。幻想だよ、それは——」
「でも、私話したんです。それに、それに……、それに……見つけて欲しいって……きっと……見つけて欲しくて……もし、リカさんが幽霊ならば、私の前にやって来たのは、見つけて欲しいからなんじゃないですか? 良雄さん……、探してあげたいんです……、そうであるならば……」
良雄さんの胸に顔を埋め、昨日の夜の戯けたリカさんや、河原で会ったときの不思議なリカさんを思い出すと、涙が止まらなくなってくる。もしもあのリカさんが、もう死んだ人で、幽霊となって私の前に現れたんだとしたら。私はリカさんと過ごした短い時間で、心が許せる友達だと思った瞬間があった。あの河原で会ったとき、リカさんは言っていた。
——あのね、帰る車に私も乗せてってくれないかな?
まだ見つかってないなら、探してあげたい。どこか分からないけれど、家に返してあげたい。「ひとつお願い聞いてくれる?」「帰る車に私も乗せてってくれないかな?」と、あの時リカさんは私に言った。私は「もちろんです」と答えたはずだ。
「もう一度、もう一度、最初から山道を探させてください。お願いします……」
良雄さんの腕をほどき、懐中電灯を持ち直したその時、山道をもう一度調べ直していたのか、少し離れたところにいた榎田さんが、「ここじゃないかな?」と声をあげた。
「僕にもね、聞こえたんだ。見つけてって声が……」
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