御面様の祠 3
「この場所は、俺が守り抜きたい場所なんだ。自分の故郷みたいに思ってる。そうやって村の人とも付き合ってるし、自分のやるべきことがここにある。だから、絶対に御面様の祟りだか、呪いだかをなんとかしなくちゃいけないんだ。絶対にあきらめない。諦めたらそこで試合終了って、聞いたことない?」
良雄さんはそう言って、優しく微笑んだ。きっと、私の今の精神状態を和らげてくれるつもりなんだと気づく。
「好きな漫画のセリフなんだけどね。でも、そういうことを山の家に来る子供たちにも言っているんだ。どうせ出来ないんじゃなくって、まずはやってみようぜって。子供達がすることが、もしも遠回りで間違っていても、自分で見つけ出すことに意味があると思ってるから。だから、ここを守らなきゃ、山の家を守れない。山の家に来る子供たちを悲しませるようなことは、俺には出来ない。だから、なんとしても、なんとかするって思ってる。だから——」
良雄さんは立ち上がり、「絶対になんとかしてみせる」と、センターハウスの奥の暗闇を見た。その視線に私も目を向けると、暗闇の中から懐中電灯の明かりが二つ差し込み、揺れながらこっちにやってくるのが見えた。良雄さんが懐中電灯の方を指差して少し戯けて私に言う。
「霧野さん知ってました? 武山さんって、傍若無人な偉そうな人ってイメージだったけど、実は怖がりで情けない人だったんですよ。ひとりで事務所に地図を取りに行けないから、榎田さんに付いてきてください、って。あんな見た目で、大の大人がですよ?」
その良雄さんの顔を見て、子供達が、良雄さんのいる山の家に毎年来たくなる気持ちがわかるような気がした。武山さんのやっていることを嫌っていても、その中にある人間性までは嫌うことが出来ない、そんな包容力と優しさを感じる。薄暗い世界で、ぼんやりと浮かび上がる良雄さんの微笑みに、心が溶けていくのがわかった。
「あ……あれれ……、おかしいな……」
さっきまでとは違う涙がいつの間にか目から溢れていて、それを誤魔化すような言葉を出しながら頬を手で拭った。良雄さんの包み込むような優しさに胸が震えた。もうダメだと絶望している私の心を解き、大丈夫だと教えてくれている。そう、私には思えた。大丈夫、なんとかなる、大丈夫。そう、心の中の声が聞こえた瞬間、闇の世界に光が差し込むような感覚を、感じた気がした。
「諦めるにはまだはやい。だって、まだ探し始めてもないんだから。ね?」
「はい……。ですね……」
良雄さんにそう答え、諦めるにはまだはやいと、何度も心の中で呟いた。
武山さんが持ってきた大きな地図は、最近のこの辺のものだけではなく、福井県側の山の中まで載っているような立派なものだった。その地図を見ながら武山さんが、キャンプ場はここだとわかるように印をつける。
「これを見れば、どうやって福井県側に行けるのかも分かるかもしれない。細かい山道もなんとなく載っているし、それに——」
榎田さんは「意外と近い」と言葉を続けた。
「思った以上に、離れていないかもしれない。九頭竜湖がここだから、そう考えると、今いる場所はここ。でも、道は塞がっていて、ここまで戻って白鳥を抜けていくのは難しいとなると、今いるここからは、この山道を抜けて行かなくちゃいけないけども——」
「道はここで終わってますよね」
「そうなんだよ、良雄くん。このキャンプ場が突き当たりになるから、それ以上は道が——」
「この、細い線がもしも道なら?」
「そうなんだわ。この細い道がもしもここに繋がってるのならば、なんとか山を抜け出して、行けるのだが……。武山さん、君たちが昔お面を持ち去った祠はどの辺だって言ってたかな?」
武山さんは昔の記憶を脳内で巻き戻しているようなそぶりをして、地図を眺める。下を向いていると腫れ上がった真っ赤な顔が疼くのか、時折顔を上に上げてはまた地図を見る。何度かそんなことを繰り返し、指で地図をなぞっていると、思い出したのか、地図の一箇所を指差し「ああぁ……ぅぉお、おぉお、おぉお!」と声を上げた。
「ここは……。昔の古い炭鉱がここにあるから、もしかして、さっきの霧野さんの話、その、朝鮮トンネルというのも、ここら辺にあるのかもしれない。それが本当ならば、だけども——」
武山さんの話だとリカさんはいないはずの人間。そのいないはずの人間が話した怖い話を信用していいのかどうか、私にはわからなかった。
「あっえう! あっえう! いぃあ、いあうなぁあ、おぉのぃ」
「武山さん、聞き取れないから、書いてくれる?」
良雄さんにそう言われ、武山さんは紙にペンで文字を書く。
『その日、リカちゃんが行方不明になった。祠はトンネルを抜けた先にあった』
「トンネルを抜けた先……。ということは、榎田さん、ここを通り抜けることができれば、そのトンネルの反対側、つまり、祠があった方に出れるんじゃないですか?」
「本当だね、良雄くん。だが——」
「道がない……、ですよね」
「そうなんだ。このキャンプ場が行き止まりだから、その先に道がないとここにはいけないんだわ」
——キャンプ場が突き当たり、その先に、道……
「ありますよ……。道。ありますよ! 道! この建物の裏に、山道みたいな塞がれた道がありました!」
「霧野さん、本当?」
「はい、私、美穂ちゃんと逃げ出そうとして、それで道を間違えて山道を登ってしまったんです。その時に、行き止まりで、それで——」
リカさんの赤い傘を見た気がして向かった先にあった、あの山道。封鎖されて緑の蔦に覆われたあの先、もしもそこが今言っている祠の場所につながるならば。でも、本当に、その道でいいのか。リカさんは、実在しない人間だったのに。そんな本当かどうかもわからない話を信じて、時間を無駄にしてもいいのか。でも——
——もしも遠回りで間違っていても、自分で見つけ出すことに意味があると思ってるから。
そうだ。何もないよりは、可能性が少しでもあるんだから。それに、道が見つからなくては、何にも状況は変わらないんだから。間違っていたらまた戻ればいい。何もやらないで、諦めるなんてできない。
「その道は、こっちです。ちょっと一緒に見てくれませんか?」
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