御面様の祠 4
建物の裏で見つけた、山道。その場所に向かう非常階段のドアへと行きかけて、足が止まる。
——美穂ちゃんを、ひとりここに残していっていいんだろうか……
今は寝ているとしても、起きた時、真っ暗なセンターハウスでひとりきりだったらパニックになってしまうのではないか。そんなことが脳裏を過ぎる。立ち止まり、美穂ちゃんを見つめる私に良雄さんが声をかけた。
「霧野さん? どうしたの?」
「あの……、美穂ちゃんをここにひとり、おいて行ってもいいのかなって」
「そうだねぇ。もしも何かあっても助けてあげられない。今は誰も一人きりにならない方がいいだろうね」
「ですよね……。私はその山道を見て欲しいので、ここから出なくちゃですが——」
「武山さんって、その山道のこと知ってるんですか?」
私の言葉にかぶせるように、良雄さんが聞くと、武山さんは手をブンブン振って、「知らない」のような声を出した。
「ですよね、だと思った。そういうのって全部業者とかに任せっきりってタイプですよね。いいところしか見てない的な。ということで、武山さん。とりあえずここで美穂さんのこと見ててください。顔は酷いけど、ちゃんと生きてる人間なんだし」
「そうだね……。そうしてもらえるかな?」
「あ……ぃ……」
「ないとは思いますけど、もし僕たち以外の何かが来て必要なら……。これ、護身用に置いて行きます」
良雄さんは武山さんに猟銃が入ったバッグを渡した。それを見て一瞬大丈夫なのかと疑ってしまう自分がいる。そんな危ないものを武山さんに持たせていいのだろうか。それに、武山さんを美穂ちゃんと二人きりにするのは正直抵抗があった。
——でも……。
今はその方法しかない気がした。武山さんを信じるしかない。
大丈夫と心で呟き、懐中電灯の明かりを壁に沿わせて走らせた。スタイリッシュなデザインの内装。非常ドアの場所も空間に溶け込むように設計されていて、どこにあるのかが分かりにくい。
——確か、朝、座っていたソファの近くだった気がする、建物の真ん中くらい……あった!
「良雄さん、行きましょう。非常階段に続くドアはあれです」
「ったく、そういうのは分かりやすくしなきゃ非常事態に使えないっすよね!」
良雄さんが皮肉っぽく武山さんに聞こえるような声でいい、「急ぎましょうか」と私に優しく言った。目についた時々に、「これはダメなんじゃないか」と指摘する良雄さんは、武山さんが自分で答えを見つけれるように問題提起をしている。さっきの話を聞いているからか、そう思えた。
——ここで生きている。
良雄さんが言っていたその言葉。もしもこの先、武山さんがまだこの施設を運営するならば、今この時にしっかりと考えてもらいたいことがきっと沢山あるのだ。否定するだけではなく、共に歩む道を考え、前に進んでいる良雄さんがすごいと思った。良雄さんがいれば、御面様の祟りもなんとかなる気がする。そう思った。
気持ちを美穂ちゃんがいる場所に残しつつ、非常階段のドアを開ける榎田さんと良雄さんに続いた。建物から逃げ出そうとして来た時は気づかなかったけれど、階段を降りるとドアは二つあった。片方のドアはどうやらプールから裏口に出るドアのようだ。
「位置的にはこっちですね」と、裏口に続くドアを良雄さんが開けると、ざぁーという雨の音とともに、外の空気が一気に身体を包み込んだ。冷たい湿った空気。雨はまだ降っていて、裏口から出た搬入口の外を流れている。
「雨が降っている時に山道は危ないんですけどね、土砂崩れとかもありますし」
「でも、良雄くん——」
「行きましょう。行けるとこまで。僕は責任上、危ない所へお客さんを連れて行くなんてできません。だから、とりあえずは、その山道を見に行ってからですね」
「ありがとう、良雄くん」
二人の会話を聞きながら、確かに雨の山道は危ない気がした。ここ数年、大雨が降り、土砂災害が起きるニュースを見ることが増えている気がする。榎田さんから聞いた話を思い出す。そういう災害を昔の人は祟りだと思い込み、生贄を捧げて神様の怒りを鎮めた。その生贄になった人が怨霊となり、その怨霊の祟りを恐れて、神様にして祀った。そうであるならば、人間という生き物は、とことん矛盾だらけのように思える。
「霧野さん、どっちに進んだかわかる?」
良雄さんの声が聞こえ、はっと意識を戻した。
「確か、駐車場に向かう道は左、赤い傘を見た気がして進んだ道は右、だから、こっちです。この道を登って行きました」
「よし、じゃ、行きましょうか」
雨合羽のフードを被り、懐中電灯をつけて榎田さんと良雄さんが山道を進んでいく。その後ろを足元に気をつけながら進んだ。時折「この道なら車で進めるかも」のような相談をしている二人の会話が前から聞こえてくる。
——それにしても、リカさんが行方不明でまだ見つかってないだなんて。
私が昨日助けてもらった、あのリカさんは誰だったのか。そんなことを言えば、今日の早朝だって河原で会ったはずなのに——
「おかしいな」という声が聞こえ、前を歩く二人の足が止まったのに気づいた。懐中電灯の明かりが雨に濡れた木々の葉っぱをあちこち照らしだし、良雄さんがこちらを向く。
「霧野さん、行き止まりだけど、道なんてないよ?」
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