第五章
御面様の祠 1
「ば、爆睡……ですか?」
「うん。呼吸数と脈拍数を見た感じ、おかしな調子じゃないし、寝息が聞こえる。山の家を運営してる責任上、僕は救命の講習に行ってるしね、だから、今見た感じは大丈夫だと思うよ」
良雄さんが救命の講習に行ってると聞き、「大丈夫」の言葉にほっと胸を撫で下ろす。「とりあえず、ソファに運んでおこうかな」と良雄さんはいい、一番近くの長いソファに美穂ちゃんを寝かせた。
「さてと——」
良雄さんが武山さんを睨みつける。その顔は暗がりでもわかるほど憎しみに満ちていて、ゾッとした。余程、武山さんが気に入らないようだ。優しそうな良雄さんの雰囲気がガラリと変わり、私まで身構えた。一気に空気が張り詰めたような気がする。
「あんたらのせいで、この山も川も汚れちゃったんだよ。だから建設計画の時に反対したんだ。こんなもん作るなんてありえないって。それにプールなんて内覧会の時には見せてもらってないぞ!」
「ああ……わぅ……うぃまえん……」
「自然界に対してどういう神経してんだよ! 他のNPOだって
「まぁまぁ、良雄くん、それは全てが解決してからゆっくりと話し合えばいい。今はそれよりも、祠の場所だよ」
「全部終わったら覚えとけよ!」
良雄さんが投げ捨てるように言うと、武山さんは情けないほど小さな声で何かを言った。
——きっと今、ごめんなさいって言ったんだ。でも、なんで武山さんは喋れないんだろう……。
武山さんはさっき再会してからずっと、話したいけれど話せないような声を出している。口の中を切ったのか、それとも喉が詰まって声が出ないのか。もしかして、それも御面様の呪いなのか——
「武山さんと言ったかな」と榎田さんが話を切り出し、名前を呼ばれた武山さんはビクッと怯えるように身体を震わせ榎田さんの方を見た。
「なんでここに御面様のお面があるのかを、教えてくれるかい?」
「ああぅあ、ああぁあうぉ……ああぅ……」
床に座っている武山さんは、榎田さんの質問に身振り手振りを入れて答えようとするも、言葉が全く聞き取れない。「困ったな……」と、榎田さんが呟くのが聞こえ、もう一度ペットボトルの水を武山さんに差し出した。
「水でも飲んで、落ち着いて。話が聞けないと困るんだよ。それに——」
何か言いかけて言葉を飲み込み、武山さんのそばまで歩いて行って、古い地図と新しい地図を武山さんの前に置いた。
「これを見て欲しいんだけどね、僕はこの場所が、この古い地図のこの辺に当たるんじゃないかって思ってるんだけど、君はこの細い線を知らないかい? きっと、山道か何かだと思うんだけどね」
榎田さんが懐中電灯の明かりをそばに置き、武山さんはその地図を手に取った。うまく目が開けれないのか、目に近づけて両方の地図を見比べている。と、何か思い出したのか、急に頭をブンブン振り始め、耳を塞いで俯いた。
「何か、思い当たることはあるんだね?」と尋ねる榎田さんの声に、武山さんは小さく頷く。「あん……うじょうお……おうぃ、あう……えぼ、えぼ……」と、意味不明な言葉を出す武山さんに、困り顔の榎田さんがぼんやりとした明かりの中で見える。武山さんは何かを知っている。でもそれがうまく伝わらない。そういう時は——
「紙とペンがあればいいですか?」
「それだよ、霧野さん」
「ペンなら僕、持ってますよ。紙はないから、その地図の裏でもいいですよね?」
良雄さんが武山さんにペンを手渡すと、武山さんはA4サイズの地図をひっくり返し何かを書き始めた。ここからでは見えないと、私もそばによる。さっきは気づかなかったけれど、武山さんの指先は血が滲んでいて、赤黒い乾いた血が指紋に沿って付着している。その手がライトに照らされて、不気味に見えた。思わずレイさんの焼け爛れた顔を思い出し、目を逸らす。
「若い頃、友達とふざけて祠からお面を出した……だって?」
武山さんの書いた文字を榎田さんが読み上げ、「なんてことを」と呟いた後で、「それはどこで?」と問いただす。良雄さんは「なんてやつだ!」とその横から吐き捨てた。
「そういうことが、こういうことを招くんだよ! 祠なんてどう考えたって地元の人の大事なものだってわかるだろ! 子供でも知ってるぞ!」
「まぁまぁ、良雄くん、話を進めれないから」
「ったく!」
「で、それはどこにあった祠なのかな? この近く、じゃないのかな?」
榎田さんの問いかけに、武山さんは首を捻り考え込む。どこだったのか、思い出せないようだ。
——祠のお面を取り出したって、どっかで……
「あ……」
「霧野さん、どうしたのかな?」
「榎田さん、私ずっと言おうと思って言いそびれていたことがあるんですけど、実は——」
昨日の夜、リカさんに聞かせてもらった話を掻い摘んで話す。むかし若者がキャンプ場でお祭り騒ぎをしていて、その流れで祠を探しにいき、お面を持って帰ってきたと言うことを話すと、榎田さんの顔が険しく歪んだ。
「なんてことをするんだ……。それは祟られて当然ですよ。それで?」
「その日、キャンプ場では水難事故もあったとかで、あの、そのキャンプ場がここだと言うことで、それで昨日の夜、本当にあった怖い話として聞いたんですけど……」
「知らなかった。そんなことがあったなんて。僕が
「リカさんです。武山さんたちと古い友人だって言っていたんですけど、昨日もいらっしゃいましたよね? ほら、髪の毛の長い——」
「いぃかぁ……?」と、武山さんが口に出し、ぶんぶん頭を横に振りながら、紙にペンを急いで走らせた。すぐに書き終わり、書いた紙を手に持ち私たちに見せる。
『リカちゃんはその日行方不明になってまだ見つかっていない』
「うそ……」思っても見なかった回答に思わず手で口を塞いだ。昨日確かにリカさんに会ってその話を聞いた。それに困っていた私を助けてくれたのは、間違いなくそのリカさんだ。
「でも、昨日私、本当にリカさんに会いました。目がぱっちりと二重で、それで、モデルの仕事か何かをしてるらしくて、武山さんたちとは古い友人だって言って、それで——」
私が話している間も、武山さんは自分が書いた紙を指差し、『リカちゃんはその日行方不明になってまだ見つかっていない』と訴えてくる。
「でも、一番端っこのバンガローで、確かに——」
「あん……ぁあろぉ?」
「はい、バンガローです。一番端っこの。そこがリカさんの部屋みたいで、私、昨日のパーティーが怖くて逃げ出して、それで、そこにかくまってもらってて……本当に、知らないんですか……?」
武山さんはまたペンで文字を書き、こちらに見せる。そこには、思いもしなかったことが書かれていた。
『それに、お面を持ち出した日、俺たちが行ったキャンプ場はここじゃない』
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