御面様の呪い 15

 ぼんやりとガラスに反射して写る私達の姿。その上に炎のような物が見える。急いで後ろを振り向くけれど、今いる場所が燃えているわけではなかった。


「瑞希さん、瑞希さん……」


 美穂ちゃんが私の名前を呼びながら背中にしがみつき、ガタガタと震えている。美穂ちゃんの怖いと思う気持ちが背中から伝染したのか、じわじわと恐怖心が湧き上がり、私の足もガタガタ震え始めた。センターハウスの中が燃えているわけじゃない。ということは、あの炎は外にあるのだ。


「ありえない」


 思わず声に出る。外は雨。それに位置的に考えても渓流の向こうは山肌のはず。炎が燃えるわけなんてない。めらめらと燃える炎はゆらゆら揺れながらだんだんこちらに近づいてくる。その炎の中に、黒っぽい物が見えた気がした。


「お面だ……。お面が燃えている」と、榎田さんが言葉を発し、美穂ちゃんが背中で「いや……やめて……」と何度も言っているのが聞こえた。美穂ちゃんが言葉を発する度、背中が熱くなっていく。


「ひぃい……うぉあわあぉあ……」


 意味不明な言葉を発し、武山さんが床に這いつくばって一生懸命足をもがくけれど、腰が抜けているのか床に滑り、後ろへは下がれない。


 ——次はお前の番だ


 またあの声が聞こえた気がして、一気に血の気がひきガタガタ震えながら、茫然とその様子を見ていることしかできなかった。


「こんなこと……ありえないだろ!」


 良雄さんがガラスから遠ざかりながら叫ぶ。


「呪いとか祟りとか、そんなのあるわけない!」

「良雄くん、落ち着いて」

「落ち着いてなんかいられる状況じゃないっすよ! どうなってんですか!」


 良雄さんも、榎田さんも、私も、みんなガラスから少しづつ離れているけれど、炎に包まれたお面はどんどんこちらに近づいてくる。


「いやぁ……逃げましょう、逃げましょう」


 背中で美穂ちゃんが何度も何度も言っているのが聞こえ、固まって動けない足を拳で叩いた。その私の足元に武山さんが直ぐ近くまで這いずってきていて、私の足を掴む。


「やめて……離して……」

「うあぁ……ああぅあ……」


 声にならない声を発している武山さんの足にしがみつく力が強くて、身体がふらつき、美穂ちゃんごと床に倒れこんでしまった。


「やめて……離して……」


 炎に包まれたお面は上から覗き込むように私の方を見ている。そんな気がしてならない。私の身体を一生懸命掴んで助けを求めてくる武山さんの顔が恐ろしい。赤く腫れ上がった顔は血が滲み目を背けたくなる。


 ——御面様に呪われた人の顔だ。


 呪われた武山さんの顔が燃え上がるお面とかぶって見えて、必死に足で蹴って抵抗した。


「やめて……離して……」

「うあぁ……おめ…んぁあさぁ……い……おめ…んぁあさぁ……い……」

「やめて……もうやめて……」

「おめんあさ……ぃい……ごぉ……なさぃ……」


 真っ赤に膨れ上がった顔をした武山さんの目から涙が流れ落ちる。必死に声を出しながらしがみつく武山さんが同じような言葉を繰り返している。それに呼応するように未だ背中にしがみついている美穂ちゃんも「ごめんなさいごめんなさい」と言い出した。「お面を見てごめんなさい、お面を見てごめんなさい」と何度も美穂ちゃんが背中で言いながら私にしがみつく。今ある状況に心がまた恐怖のどん底へと飲み込まれていく。


「もう……やめてぇ……お願い……もうやめてぇ……」


 どんどん恐怖に支配されていく心を声に出し、それでも炎に包まれるお面から目が離れない。後ろから手で頭を固定されているような感覚に目眩がする。金縛りにあったように、頭が動かせない。もうやめて、もうやめて、もうやめて——


「もうやめてぇー……!」


 力を振り仕切り大声で叫ぶと、炎に包まれたお面は勢いをつけてこちらに向かってきた。それはどんどん勢いをつけて風を切るように私の方に向かってくるようで、とっさに目を閉じる。


 ——もうダメだ! お面の炎に飲み込まれる……


 これ以上ないくらい瞼を固く結び、ガタガタ震える身体を感じていると、「霧野さん!」と、良雄さんの声がホールに響き、同時に身体を揺すられていることに気付いた。


「大丈夫ですか! もう、お面は消えましたよ! 大丈夫ですか! もう、消えましたよ!」

「本当……ですか……?」

「消えました、もう、消えましたから……」


「うわぁあああ!」と良雄さんにしがみつき、声を張りあげると、良雄さんのゴツゴツした手の温もりを後頭部に感じた。ぎゅっと胸に顔を押し付ける私の頭を何度も撫でながら「大丈夫、もう大丈夫」と繰り返し言ってくれる良雄さんの声に、だんだん力が抜けていく。自分の吐息と涙で顔に燃えるような熱を感じた。もしかして私の顔も武山さんのように、真っ赤に腫れ上がってしまったのだろうかと思った瞬間、ばっと良雄さんの胸から顔を離す。


「私の顔が……」

「大丈夫、ちゃんと普通の顔です」

「本当……ですか?」

「本当です! もう、さっきのは消えたから、大丈夫です」


 へたへたへたと脱力した腕を床に落とし、「怖かった」と声に出すと、良雄さんが「僕も怖かった」と言った。


「僕も、怖かったですよ……。おんなじです。僕も、怖いって恐怖心に飲み込まれました。足が動かないなんて……初めて経験しました……。でも、もう消えたし、それに、やるべきことは決まってますよ。なんとしても、この祟りか呪いかを鎮めなくちゃ。でしょ?」

「はい……」

「榎田さん、祠の場所をはやく見つけてこんなおかしなこと、はやく終わらせましょう。それに——」


 良雄さんは私の足元で頭を抱え蹲る武山さんの背中を掴み上げ、「あんたたちのせいでこんなことになったんだ!」と怒鳴りつけた。


「うぃ……いませぇ……ん……おめぇ……んあさぃ……」

「こんな場所にこんなもん作って! 変な呪いを呼び寄せて! ふざけんなよなマジで!」


 勢いよく武山さんを床に転がし、詰め寄る良雄さんを榎田さんが止める。


「良雄くん、気持ちは痛いほどわかるけどね、まずは祠を探さなくては……。それに、武山さんとか言ったね。どうして御面様のお面がここにあるの? なんでこんなことになったのか、思い当たる節はないのかい?」

「あうぅああぅ……」

「とりあえず、山の家に戻りましょう。ここは何が起こるかわかんないし、危険ですよ」

「それがね、良雄くん——」


 榎田さんはこの場所に意味があるような気がすると言って、「これを見て欲しい」と、あの手書きで書かれた古い地図と、現代的な地図をプリントした紙をポケットから取り出した。


「この近くにあるんじゃないかって、話なんだけども」


 はやく山の家に戻りたい。日常の普通の生活感が滲み出ている山の家に戻りたい。こんな場所にはもういたくない。そう思いながら榎田さんを見ていると、美穂ちゃんが「私もうダメです」と小さな声を出し、床に倒れ込んだ。


「美穂ちゃん? 美穂ちゃん? 大丈夫、ねぇ、美穂ちゃん!」


 声をかけながら美穂ちゃんの身体を触り揺すっても、意識が朦朧もうろうとしているのか、ぐらぐらと糸の切れた操り人形のようになっていて目を閉じている。


「大丈夫?」と駆け寄り、美穂ちゃんを抱きかかえた良雄さんが、呼吸を確認したり、脈を取るようなそぶりをしたりして、冷静に美穂ちゃんの状態を伺っている。それを見ているだけで、胸が苦しくなって泣きそうになるのを必死にこらえ、「大丈夫ですか?」と聞くと、良雄さんはうんうん頷いてから私に言った。


「爆睡中……って、感じかな?」



 


 

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