祟りの始まり 5
センターハウスの中に入ると、エレベータのある辺りから武山さんと、眼鏡をかけた男性が歩いてくるのが見えた。二人で何か話ながら足早に歩いてくる。その二人の会話がセンターハウスのエントランスにいる私にも聞こえてくる。
「タケ、これは一体どう言うことなんだよ!」
「俺だって知らねぇよ! お前も聞いたんだろ?
「全部聞いてたけど、でも、まさかこんなことになるなんて……。なぁ、これはやっぱり祟りだよ。きっとこれはあの——」
眼鏡の男性が会話の途中で言葉を飲み込み立ち止まると、武山さんがその男性の胸ぐらを掴んで、「そんなものあるわけないだろっ!」と叫んだ。その様子に驚き、私と美穂ちゃんは立ち止まる。武山さんはよほど面白くないのか、眼鏡の男性の胸ぐらをさらに締め上げ、怒りをぶつける。その声が無機質なホール全体に反響して声がわんわんと響いて聞こえた。
「
「でも……、この場所はあの時のキャンプ場だろ? だったら……」
「うるさいうるさいうるさいっ! そんなのただの思い込みと迷信だ! この施設が気に入らない地元の奴らが流したデマだ! お前までそんなこと言い出すのかよ! お前、俺の会社の会計士だろぉ? ここの建設費用にいくらかかってると思ってんだ! 十億だよ、十億! どんだけ投資家を集めてやってると思ってんだよ。簡単に呪いだとか祟りだとか、そんな言葉を出すな!」
「わ……わかったから、離せよ……」
「くそっ!」と投げ捨てるように言葉を吐き、武山さんは博之と呼んでいた男性を押して、その手を洋服から離した。押された勢いで細身の眼鏡をかけた男性がよろよろっと後ろによろめき、姿勢を戻す。ずれた眼鏡を指で押し上げ、私と美穂ちゃんがいることに気づいたのかこちらを向いた。その視線に気づいた武山さんも私たちの方を見る。
——キャンプ場のことを話していた。
嫌な予感がする。やはりこのままここにいてはいけない。武山さんがこっちに歩き始めるのを見て、美穂ちゃんの手首をそっと離して、美穂ちゃんを庇うように一歩前に出た。
「霧野さん、どうしました?」
「武山さん、私たち、もう帰ります」
「帰るって、どうやって? 霧野さんも一緒に朝見たじゃないですか。車は木が倒れていて出れないし、木下の話だと土砂崩れで明日までは山から降りられない」
「え?」と美穂ちゃんが声を漏らすのが後ろから聞こえる。もうこれ以上は隠すわけにはいかないと、背後にいる美穂ちゃんに、朝からの出来事を簡単に説明する。
「早朝にね、大きな雷が駐車場の木に落ちて、車が出せない状況なの。そのせいできっと携帯もつながらないんだよね。それに土砂崩れもあって、明日まで山から降りることはできないの」
「そ、そんなっ!」
「でもね、少し山をくだると山の家ってとこがあるから、土砂崩れがなんとかなるまでここじゃなくて、そこに居させてもらおうよ」
「霧野さん、何言ってるんですか。今この辺で一番安全なのはこの場所だけですよ。山の家なんて、ははは、薄汚くてあんなとこ、人が居るとこじゃないですって。ここはちゃんとした施設だし、美味しい食べ物だってある。シアターにプール、雨でも寛げる最高のリゾートですよ。こういう日はね、ワインでも飲んで気楽にだらだら過ごすのがいいんですよ。どうです? 僕の部屋でみんなで飲むのは」
さっきの会話だと、確か「聞いた」と言っていた。ユキヒコさんのしたことを見たのではなく、館内専用のスマホで聞いていたのだ。
——武山さんは、私たちが何も知らないって思ってるんだ。でも……
今ここにいる武山さんは、お店に洋服を買いに来る時のような紳士的な人じゃない。さっきの会話だってそうだった。そんな武山さんに、私たちが見てしまったことを言うべきなのか。もしも機嫌を損ねたらおかしな方向にいくのではないか。それこそ、もっと危険な……
——そんな雰囲気が武山さんから出てる。
私の中にある接客業で鍛えた直感力がそう言っている。どうするべきか考えていると、私の後ろにいた美穂ちゃんが泣き声で「私たち見たんです」と言った。
「見た?」
「ユキヒコさんがレイさんに何をしたのかを。その最後の姿も。私たち側でずっと見てたんです」
美穂ちゃんの話を聞いた武山さんの表情が一気に恐ろしい形相に変わり、「そうか見たのか」と低い声で呟くのが聞こえた。
「じゃあ尚更ここから出すわけにはいかないですね。変な噂流されでもしたら運営上、問題がある。ここはリフレッシュできる場所、都会からリトリートしに来る場所。そんな場所はクリーンなイメージじゃないといけない」
「私たち、ここのこと、誰かに悪く言おうなんて思ったりしません」
「霧野さん。人の口に戸は立てられぬ、ですよ。ちょうど今日のような雨の日は川に流されて死んでしまうこともある。たまたま、どっかで流された。そういうシナリオはいくらでも書ける。ここにいるのは俺たち、限られた人間だけなんだから。そのメンバーが霧野さん達二人以外、全てこちら側ならば誰にもわからない。山に詳しくない若い女性が雨の日に川に流されたなんて、よくある水難事故ですからね。ははは」
笑っているのに武山さんの目が怖い。これはきっと脅しなのだ。
「道が開通するまで、部屋に戻ってゆっくりしててくださいよ。ね、霧野さんと美穂ちゃん」
武山さんに名前を呼ばれ、美穂ちゃんがギュッと私の背中のシャツを握る。今ここで反論すれば美穂ちゃんにも危険が及んでしまうかもしれない。
「わかりました……。部屋にいます、いこう、美穂ちゃん」
「でも……」
「大丈夫。きっと、大丈夫だから」
——木下さんに連絡して、隙を見て逃げ出すんだ。軽トラックで山の家に。
絶対にここから逃げ出す。そう心に決めた私が博之さんの横を通り過ぎる時、「呪われたんだ」と、
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