落雷と雷撃 3

「瑞希さ〜ん。こんなんじゃ外歩けないですぅ〜」とさらに泣きつく美穂ちゃんに同情しつつも、どうしたものかと考えを巡らせ、さっき手にしていたスマホを思い出す。


 ——確か、木下さんは何かあればこれで連絡をって言っていた。でも、こんな朝早くに連絡してもいいのかな……。


 外は雨が降っていて、傘もない。それに、センターハウスの状況が分からない。分からない以上、部屋に戻ることに躊躇ためらいがあった。


 ——いいよね? だって、困ったことがあればって言ってたし。


 ベッドに置き去りにしていたスマホを手に取り、画面にひとつだけ浮かび上がっているロゴマークのようなものを押す。と、画面にアプリが立ち上がり、ルームサービスだとわかるマークや、コンシェルジュを意味するような人型のマークがいくつか出てきた。


「この人型のマークだよね?」


 そっと指でタップすると、コール音がスマホから聞こえる。プルルプルルと何度か鳴るのを聞きながら、やはりこんな朝早くはダメなのだろうかと思った時、「おはようございます。いかがされましたか?」と木下さんであろう女性の声が聞こえた。


「あの、朝早くにごめんなさい」と切り出してから、はっと我に返る。木下さんに連絡がついたとして、どうすればいいのだろうか。部屋から美穂ちゃんのメイク道具を持ってきてと頼むのもおかしな話だ。それに、バッグの中のどこにあるかも分からない。


 ——そうか、バッグをこっちに持ってきてっていえばいいのかな?


 一瞬そう思うけれど、昨日赤いドレスを着た時に色々脱ぎ捨ててしまっていることを思い出した。美穂ちゃんの洋服を借りる時にも、あれやこれやとベッドの上に服を並べて、それもそのままだったかもしれない。


 ——散らかった部屋に入ってバッグを取ってきて欲しいなんて、さすがに言えない……。


 であれば、と考えていると、スマホの向こうで「あの、もしもし霧野様?」と声が聞こえた。急いでその声に「あの」と声をかけ、今センターハウスがどんな状況なのかを聞けばいいと思いつく。


「あの、今部屋にいないのですが、その、そちらの様子はいかがですか?」

「いかが、というのはどういったことですか?」

「えっと、その、皆さんはまだ起きてらっしゃるのか、とか……」

「起きて……、いらっしゃらないと思います。皆さんそれぞれのお部屋かどこかに行かれているようで、誰も館内では見かけておりませんが」

「そうですか……」

「霧野様、いかがされましたか?」


 誰も起きていないのであれば、私たちが部屋に戻っても安心だと言うことだ。それなら急いで片付けて家に帰ればいい。


 ——でも、リカさんにお礼を言えないままになっちゃう。でも、それはそれでしょうがないか。だめだ。スマホがない。


「あの、実は昨日スマホをなくしちゃって。もしかして届いてないかなと思いまして」

「ああ、スマホでございますね。はい。お預かりしております。それが霧野様のものかどうかまでは分からないのですが、二台ほど、お届けがございます。そうですね、ベージュ色のチェックのものと、ターコイズブルーのものと——」

「それです! それ私たちのです! はぁ〜良かったぁ〜」


「では、お届けに伺いましょうか?」と聞かれ、もう一度部屋にいないことを伝えると、「いつお戻りでしょうか?」とまた聞かれた。どうやら部屋に戻るしかないようだ。洗面所まで行き、鏡を見て嘆き悲しんでいる美穂ちゃんに、一緒に部屋に戻ろうと誘ったが、全力で嫌だと断られる。


「誰もいないって」

「でも、もしかして誰かに会ったら嫌なんです!」

「もうっ!」


 仕方がないので、自分だけ部屋に戻り、メイク道具を取って来てあげることにした。メイクしてない姿を誰にも見せたくないだなんて、それに全力で嫌だと言い切るなんて、それも一種の依存症だと思った。


 ——でも。


 ルームキーを持って来ていない。それでは部屋の中に入れないのではないか。木下さんにそのことを伝えると、今手に持っているスマホでも部屋の鍵が開くと教えてもらう。


「スマホのアプリの中に入っている鍵のマークをタップしてかざせば、入室可能でございます」

「わかりました。朝早くに、申し訳ありませんでした」


 お礼を言って通話を切った。雨はまだ降っていて、それに、明け方だからか肌寒い。リカさんに借りたスカーフを巻いていくのは雨に濡れて申し訳ないしな、と考えが進み、そのスカーフはどこにやってしまったのかと、部屋の中を見渡した。


 ——スカーフが、ない?


 昨日の夜リカさんに借りたエスニックな柄のスカーフは、ベッドの中にもどこにも見当たらなかった。もしかしてスマホを置きに来てくれた時に、リカさんが持っていったのだろうか。


「瑞希さぁ〜ん。メイク道具〜行けそうですかぁ?」


 洗面所から美穂ちゃんが出てくるなり、私に言うのを聞いて、だんだんイライラしてくる自分をグッと堪え、私はセンターハウスに戻ることを決めた。ここにこのままいたら美穂ちゃんとの関係が良くない方向に行きそうだ。ショップは違っても、同じ大黒百貨店に入っているお店のスタッフ。一旦裏に入れば、共有部分も多いのだから、人間関係は壊したくはない。


「持って来てあげるから、待ってて。絶対一人で外に出たりしたらダメだからね」


「ありがとうございます」と嬉しそうに言う美穂ちゃんをバンガローに残し、私はセンターハウスに向かうことにした。

 


 

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