落雷と雷撃 2

 どすんと何かが身体にのしかかる感触で目を覚ますと、すぐ隣に美穂ちゃんが寝ていて、白くて細い腕が私の胸に乗っていた。相変わらず雨は降っているようだけれど、その音は幾分か和らいで聞こえる。ゆっくりと顔を窓に向けると、締め切ったカーテンの隙間から青白い光が見えるような気がした。リカさんが戻ってくるのを待っていた私は、寒さに耐えきれずベッドの中に潜り込み、いつの間にか寝てしまっていたのだと気づき、美穂ちゃんの腕をそっと退けてゆっくりと身体を起こす。


 ——リカさんはどこ?


 バンガローの中にはリカさんの姿が見えない。入り口に真っ赤な傘がないところを見ると、もしかしたらまた出かけているのかもしれない。


 ——今、何時なんだろう?


 いつもの癖でスマホを探そうとして、スマホがないんだったと気づく。センターハウスの様子を伺ってスマホを取って来てくれると言ったリカさんは、あれからどうしたのだろうか。ちゃんと無事に、このバンガローに戻ってこれたのか。


 そう思ったら急に不安が押し寄せてくる。もしかしてリカさんの身に何かあったのではないか。そう咄嗟に思い、ベッドから飛び起きた。と、視線の先に昨日の蝋燭の火が消されているのが見えた。そして、その隣に、スマホのようなものも。


「リカさん戻って来たんだ」


 ほっと胸を撫で下ろし、急いでスマホを手に取る。が、スマホはスマホでも、それはNature’s villa KEIRYUに来たときにスタッフの木下さんから預かったものだった。


「こっちじゃないんだよね」


 そうは言っても、リカさんは私のスマホがどんなスマホカバーで、どこにあるかもわからないのだから、これを持って来てくれたのは仕方がないことだ。とりあえずは時間を確認する。午前六時。一体どれくらい眠ってしまっていたのだろうか。


 ——きっと私たちの部屋に入って、それでこれを持って来てくれたんだろうな。


 爆発音のような雷鳴の中、赤い傘をさしてセンターハウスまで行ってくれたリカさんを思い、いろいろな場所を探してくれたのかもしれないと想像する。どこにあるかも分からない、どんな色で形かも、私はきちんと説明していなかった。


「感謝だよね。持って来てくれたんだから」


 それにしても、と、昨日の自分を思い出す。リカさんの話をどうしても思い出してしまい、怖くて美穂ちゃんのベッドに潜り込んだのだ。ベッドは二台、あるのに。いい大人が誰かと一緒に寝たいくらい怖がるだなんて、と思いつつも、やはり昨日の夜一人で起きているのは怖かった。それに、連休をもらうために通常業務の合間に前倒しでその他の仕事をこなしていた。いつ寝てしまったのか思い出せないほど、ここ最近の疲れが溜まっていたのだ。


 ——全然リフレッシュにならない旅行になっちゃった。


「あれ? ここ? どこですか?」


 背後から美穂ちゃんの寝惚けた声が聞こえ、振り向くと、髪の毛が鳥の巣のようになった美穂ちゃんがきょろきょろと辺りを見渡しながら不思議そうな顔をしていた。


「私たち、超リッチな部屋で寝てるはずですよね?」

「うん、その予定だったんだけど。色々あって。それよりも、美穂ちゃん大丈夫だった?」

「へ? なにがですか?」

「いや、なにがって。その……昨日、結構飲まされてたから」

「ああ〜。パーティーめっちゃ楽しかったですよね。記憶途中からないんですけど」

「それだけ? 嫌なこととかされてない?」

「え? 嫌なこと……? って、例えば?」

「うん、大丈夫だったんならそれでいい」


 昨日私が見た光景を美穂ちゃんに説明できる気がしないと、話はそこで終わらせた。それにしても、涙を流すほど心配していたのに、美穂ちゃんはいつも通りの素っ頓狂な様子で、そういう感じ、ちょっとムカつくと思ってしまう。


 ——なんにも心配しなくて良かったってこと?


 そういえば、昔付き合っていた彼氏は超お金持ちと言っていた。もしかしたら、こういうパーティーにも行ったことがあるのかもしれない。であれば、昨日の私はなんだったのか。美穂ちゃんの方が、こういうことに慣れているのだろうか、なんて考えが浮かび、妹のように思ってる美穂ちゃんに何かあればと必死になっていた自分が間抜けに思えた。


「で? なんで私たちここで寝てるんですか?」

「色々とあったの!」

「瑞希さん、なんか怒ってます?」

「別に」


「そうですかぁ? もう、朝なんですね。じゃ、私ちょっとトイレ」と立ち上がった美穂ちゃんが、「ここかな?」なんて言いながら、バンガローの入り口付近にあるドアを開け、洗面所に入った。本当気楽で羨ましいなどと思いながらベッドに腰を下ろすと、洗面所から美穂ちゃんの叫び声が聞こえた。


「ぎゃ〜!」

「どうしたの?! 大丈夫?!」


 急いで洗面所に向かい、尋常じゃない叫び声と慌てふためく美穂ちゃんの背後から鏡を覗き込むと、二重瞼がいつの間にか一重瞼になっている美穂ちゃんの顔が鏡に映っていた。真っ黒なマスカラが目の下や上、横にまで醜く伸びている。


「つい顔、水で洗っちゃって」

「びっくりするじゃん!」

「だってぇ〜。寝るときは絶対化粧落としてから寝てるから。あああ〜。こんなんじゃ誰にも会えませんよぉ〜」


 ぱっちり二重瞼で、いつも可愛い顔をしているなと思っていた美穂ちゃんの瞼は、どうやら何かで二重にしている作り物だったようだ。


「どうしよう。部屋にしかメイク道具ないんですよ」


 ——それにこんな山奥に来てまでメイク頑張るとか、ちょっともう疲れちゃったし。


 ノーメイクのリカさんが言った言葉が脳裏に蘇り、半泣きで鏡越しに私に訴える美穂ちゃんが少し、可哀想に思えた。




 


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