Closed party 4

 入り口で倒れ込んだ美穂ちゃんに近寄り、その細い腰に腕を沿わせてゆっくりと抱きしめる。だいぶお酒を飲んでいるのか、その口もとからはウィスキーのような濃度の濃いアルコール臭がした。


「美穂ちゃん、本当ごめん……」

「ん……ふふふぅん……」

「ごめんね、美穂ちゃん……」


 ぎゅうっと抱きしめる力を強め、美穂ちゃんを部屋の中にゆっくりと引きずって行こうとした時、リカさんが入り口のドアをパタンと閉め、「私も手伝うね」と美穂ちゃんの足を持ってくれた。私たちは二人がかりで美穂ちゃんを持ち上げ、バンガローの奥にあるベッドへと寝かせ、そのそばに私は腰を下ろした。


「本当に、ありがとうございました」

「うん、良いよ。大丈夫だったし」

「あの、美穂ちゃんはなにもされてない……ですよね?」


 恐る恐る聞く私にリカさんは「多分ね」と答えるけれど、その声の感じから本当はどうだったのかが分からない。電気がついていないバンガローの中ではリカさんの表情も読み取れなかった。


「さてと。電気つけても良いけど、どうする?」と聞かれ、どうしようかと一瞬悩む。もしも電気をつけたとして誰かに見つかってしまうことはあるのだろうか。誰か、とは、さっきのパーティーにいたような、誰かだ。


「ここは、安全……なんですよね?」

「ふふふ、多分ね」

「誰も、来ないんですよね?」


「うん、きっと。気になる?」と聞かれ、「はい」と小さく答えた。美穂ちゃんが見つかったことで安心できた分、もうこれ以上のトラブルはごめんだ。


「じゃあ、カーテン閉めて蝋燭つけよう。それなら目立たないし。それにね、雲行きが悪くなってくる風が吹いていたから、そのうち雨が降り出して、テラスの人たちはみんなどっかの部屋に行っちゃうと思う」

「本当ですか?」

「うん、そんな湿った感じの生温かい空気が沢に充満してたから。でもイカれてる奴らは雨に濡れて踊り狂ってるかもだけどね」


 リカさんは楽しげにそう話すと、ゆらっと黒い影となって動いて立ち上がり、バンガローの中のどこかへと消えて行ったかと思うと、また黒い影となって現れて私のそばの床に腰を下ろした。


 シュッとマッチをする音が聞こえ、一瞬閃光が部屋の中に広がったかと思うと、ぼうっと温かい炎が蝋燭に灯った。微かに残る硫黄の香り。マッチを擦った後の白くてか弱い煙がゆらっと揺れてふっと消えるのが見えた。揺れる炎に照らされてやっとリカさんの顔も見ることができる。


「ふふふ。蝋燭の火ってなんか良いよね」と蝋燭の炎を見ているリカさんは、長い髪を頭のてっぺんでゆるっと大きなお団子にしていて、そこからこぼれた髪が白くて細い首筋に垂れていた。


 ——近くで見ると、本当に綺麗な肌と顔立ちだなぁ。


 小さな顎に向かって美しいラインを描く面長の顔。アジアンビューティーと言う言葉がぴったりな美しい人だった。


「ノーメイクですよね?」思わず聞いてしまう。


「え? もちろん。あはは、なんで、今その質問?」

「いや、ものすごく肌も綺麗だし思わず聞いてしまったと言うか」

「ありがと。仕事がらメイクすることが多いからオフの日は基本ノーメイクなんだ。それにこんな山奥に来てまでメイク頑張るとか、ちょっともう疲れちゃったし」


 確かに、デジタル類から離れ、自然の中でゆったりと過ごすのにメイクはいらないかもしれない。メイクで武装する必要がないのだから。SNSにあげるとか、そういうのもしなきゃいいのだ。


 ——あ……。


「スマホ……」

「え?」

「スマホです。どうしよう、腕を掴まれてソファに座った時にスマホをそこに置いて、それでそのまま逃げて来ちゃいました」

「それって、大事なものなの?」

「え? だって、スマホですよ、スマホ。なんかあった時に連絡取らなきゃだし。ネットで検索もできなければ、電話もかけれない」

「ああ、そういうの」

「今から取りにいくなんて、無理……ですよね?」


 リカさんは「ううん〜」と少し考えるそぶりをしてから、「音楽が聞こえなくなってから一緒に取りに行こうか」と言ってくれた。


「本当、助かります。あ、美穂ちゃんもかも……。えっと……、このワンピースにはポケットが、あるわけないかドレッシーなワンピースに。ということは、どっかに置いて来た美穂ちゃんのスマホも探さなきゃってこと、です……」

「スマホって、そんなに大事なんだね」

「え? だって、今時スマホがなかったら怖すぎません? リカさん、持ってないんですか?」

「私は、デジタルオフしてるから」


「あ、なるほど」と妙に納得し、スマホにいろいろ依存している自分が少し恥ずかしくなった。スマホが手元にないだけで動揺しすぎてしまったかもしれない。


「それで、どうしようか? 居たいだけここにいれば良いんだけど、夜は結構冷えるから。ベッドの彼女は布団かけとけば良いよね。そうだ、ちょっと待ってて」


 リカさんはそう言うと、すくっと立ち上がり、クローゼットの中から白いパーカーを取り出し自分で羽織った後で、カサコソと何かを探し、「あった」と嬉しそうに言って私の方へと戻って来た。


「これね、昔彼氏に買ってもらったストールなんだけど。良かったら使って」


 リカさんに手渡されたストールは、落ち着いたオレンジ色のエスニックな柄が入った大判サイズの物で、同系色のフリンジがついていた。去年の秋冬用にインポートブランドのストールを販売していたけれど、それに良く似ている。あれは確かイタリアのブランドのもので、ヒッピーテイストなデザインシリーズだった。


「めちゃくちゃお洒落です。良いんですか?」

「うん。結構あったかいんだよ。その格好じゃ露出が多くて寒いだろうし」


「ありがとうございます」と受け取って首から肩にかけてぐるっと巻くと、保温性が良い素材なのか、すぐに体温の温もりがストールの内側に広がった。


「寒いかどうかなんて、気にしてなかったです」

「めっちゃ必死そうだったもんね」


 蝋燭の向こう側でリカさんが悪戯っぽく言うのを見て、やっと私の心も安心できたのか、ふっと微笑みが漏れ、「はい」と声を返した。だいぶ心が穏やかになっている気がする。身体をストールで包み込んだからだけじゃない。それはきっと蝋燭の優しい灯りが広がるバンガローの中が、私達の部屋と同じ白くて綺麗な木の壁だからだ。蝋燭の揺れる炎が木の温もりを感じるあたたかな空間にしている。それと、リカさんの醸し出す雰囲気のおかげだと思った。頼りになる、守ってもらえる。信頼できる人だと思える。


 ——それに自分が好きなセンスのストールを着けてると心が弾むよね。


 自分の働いているショップで売っているようなデザインのオレンジ系のストールは、身体に巻きつけるとフリンジがデザインに動きをつけ、ますますお洒落な風合いに見えた。


 ——こんな状況でも脳内はアパレル店員なんだよね。


 そう思うと、張り詰めていた分、私の口も動き出す。


「ストールはお洒落だし、蝋燭の炎とこのバンガローもいい感じだし、リカさんは綺麗だし。なんか、いい感じの女子会みたいです」

「女子会?」

「はい。しませんか? 女子会。女子だけでいろんな話をするんです。蝋燭の光でお話しするとか、なんか名古屋にもそういう店内蝋燭の灯りのみのエスニックバーがあるんですけど、それよりお洒落な雰囲気ですよ」

「へえ、良いね、女子会。良いじゃん、しようよ女子会」


 それから私たちは取りとりとめもない話をしてしばらく時間を過ごした。とりとめもない、それは例えば昔付き合っていた彼氏の話だったり、今の仕事の話だったり、好きな食べ物、ブランド、どうでも良いような友達のおもしろ話などだ。リカさんと話すうちにすっかり私の心は打ち解けて、まるで昔から気の合う友達のように思えた。


「あはは。それ最高、良いね、その友達」

「ですよね。それでその子、その後も怖い話が苦手すぎて泣きながら耳を塞いで一晩過ごしたんですよ」

「可哀想っちゃあ、可哀想だよね」

「ですです。だから最初からホラーナイトな女子会だよって言ってたじゃん! ってみんなに突っ込まれてました。なかなかいいですよ。ホラー映画を女子だけでキャーキャー言いながら見たりするの。時々、エッチなシーンとかあったりして。そういうときは画面に集中してて誰も何も言わなかったり、ってのもおかしかったり」

「楽しそう。今度混ぜてもらいたいくらい」

「ですよねぇ。でもその友達たち、結婚したりな子もいるし、仕事が真面目な会社の事務だったりで、なかなか時間が合わないんですよね。アパレルって土日休みほとんどないから」

「そうなんだ。ねぇ、それじゃあさ、今から怖い話の女子会にしようよ」


 リカさんはニヤリと笑ってそう言うと、「とっておきの怖い話、知ってるよ?」と微笑んだ。と、その時、どこから風が吹いたのか、そのリカさんの言葉に合わせるように、ゆらゆら揺れる蝋燭の炎が一瞬消えそうなほどに大きくたなびき、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「じゃあ、ちょっとだけ聞きたいかもです」


 




 


 

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