Closed party 3
「瑞希ちゃん、逃げて来たんだね。正解だよ」
サンダルで歩く音が私に近づき、黒い人影はだんだん昼間にあったリカさんだとわかる姿になった。
「リカさん……。私、こんなことになるなんて思ってもなくて……」
じわりと涙が目に滲む。きっとリカさんならこの状況をなんとかしてくれるかもしれないと心のどこかで期待してしまう自分がいた。
「瑞希ちゃん、知らずにくるなんて無防備すぎだよね」
「はい。自分でもそう思って、なんで誘いに乗っちゃったんだろうって……、あの、それで一緒に来た友達がどこかに消えてしまったんです。もしも、その、彼女の身に何かあったらって思うと、私、もうどうして良いか分からなくって」
話しながらも熱い後悔の涙がぼろぼろと頬を伝って流れ落ちていく。三十二歳にもなって人前でこんなに泣くなんてみっともないとは思いつつも、溢れる涙は堰き止めることができない。だって、美穂ちゃんに何かあれば、それは全部私の責任なのだから。
「大丈夫だよ。きっと」
「でも、でも、あの、絶対おかしいですよね皆さん。飲み過ぎなのか、なんなのか」
「うん。イカれてるよね」
「リカさんは知ってたんですか?」
「そうだね、ずっと見てきてるから。でも私はノータッチだよ。もちろん素面だし。とりあえず、私のバンガローは安全地帯だからおいでよ」
「でも、友達が」
「大丈夫。私探してきてあげるから。私ならどこでも行けるし、狙われないし」
「本当ですか?」
「うん、本当、大丈夫だから。あいつらと付き合い長いし。それに、きっと大丈夫だよ。安心して」
「ありがとうございます」と言ってまた涙が溢れた。リカさんが美穂ちゃんを見つけてくれたら、美穂ちゃんの安全は守られるはず。
「とりあえず、一番端っこの私のバンガローに入って待ってて。その子の特徴は?」
「えっと、顔が可愛くて、若くて、背が低くて、髪の毛は肩より少し長めで、あの、それと、真っ黒な短い丈のワンピースを着ていると思います」
「了解。すぐに見つけられるから。先に入って待っててくれたら良いから。それに朝になれば、もう安心できるから」
リカさんはそう言うと、自分のバンガローのキーを手渡してくれた。私はそのキーを握りしめ、できるだけ身をかがめて誰にもみられないようにリカさんのバンガローに行き、その中に入った。
——大丈夫。きっとリカさんが美穂ちゃんを助けてくれるから。
リカさんのバンガローはどことなくひんやりと湿っぽく、甘い香りがした。でもその甘い香りは、さっき嗅いだような香りではなく、品の良いお香のような香りで私の心は少しだけ落ち着いた。深く深呼吸を何度か繰り返す。真っ暗なバンガローの中で自分の呼吸音が響いているような気がした。
——大丈夫。大丈夫だから。
床に力なく身体を落とし、膝を抱えた。全然好きじゃないセンスの真っ赤なドレスがやけに冷たく身体に触れて、気持ちが悪い。リカさんに言われた「無防備すぎる」と言う言葉を思い出し、胸が苦しくなった。
——美穂ちゃんに無防備すぎるって思ってた私が、一番無防備じゃないか。
美穂ちゃんに申し訳ないことをしたと思うとまた涙が溢れてくる。膝を抱え冷たいドレスで目を押さえると、じわじわと温かい感触がドレスに広がっていくのがわかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ぶつぶつ小さく言葉を吐き出しながら、どうしてこんなことになってしまったのだろうかと記憶を辿る。あの、妹が結婚する顔合わせの食事会のあたりまで記憶を巻き戻し、「バカだ」と自分に言った。
妹の結婚が羨ましくもなんともないと言いながら、あの日、きっと私はどこかで妹の結婚を妬んでいたんだ。そうじゃなければ、男女関係に慎重な自分が武山さんと一緒にあの日お酒を飲んだりしないし、別荘に来ないかと言う誘いにも乗らなかったはずだ。
「本当に、ばかだ」
妬み、
バンガローのすぐそばで、ざわざわと木々の葉がさざめく音の中に、微かに聞こえてくるダンスミュージック。忌々しいあのパーティーの光景が脳裏に浮かんでくるのを私は必死でもみ消した。
勝手に好きな人同士で楽しむなら良いかもしれない。合法的で誰にも迷惑をかけなければ良いはずだ。でも、それが合意の元じゃなかったら、それはもはや犯罪以外の何物でもない。
強姦された女性が被害届を出しにくいと言う話は聞いたことがある。自分がレイプされたと誰かに知られるのは、それだけでも辛いことなのだ。それだけじゃなく、被害届を出す際の警察官の聞き取り調査でも、裁判になっても、ずっとその時のことを思い出して話さなくてはいけないのが辛いとテレビか何かで観たことがある。
——セカンドレイプ
一度犯されてしまった心の傷はなかなか消すことなんてできない。性被害者だと好気の目で見られることもあるかもしれない。なんなら心配して声をかけてくれる家族や友人の言葉さえ、そう捉えてしまう被害者の方もいるはずだ。私だったら、もう消えてしまいたいくらい、辛くて悲しくて耐えられないと思うのだから。
「お願い、美穂ちゃん、無事でいて……。お願いだから……」
何度も何度もそう祈りながら、膝を抱えていると、バンガローのドアがギィっとゆっくりと開く音が聞こえた。
——誰……?
息を凝らして蹲っていると、「みぃずっきさぁ〜ん」と、完全に酔っ払っている美穂ちゃんの声が聞こえた。
「美穂ちゃん!」
どさりと入り口で倒れ込み、そのまま起きる気配のない美穂ちゃんの後ろでリカさんが、「大丈夫だったけど、大丈夫じゃないね」と笑っていた。
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