Closed party 2

 テラスに戻ると美穂ちゃんの姿を探した。さっきまで座っていた場所にはもう姿が見えない。駆け寄って、さっきまで美穂ちゃんと一緒にいた男性に「あの、」と声をかけた。


「美穂ちゃん、どこに行ったのかわかります?」

「え? なに? ちょっと聞こえないからここ座りなよ。それに何か飲む?」

「や、まだ飲むのはいいんですけど、あの、さっきまでここに座ってた美穂ちゃん、黒いワンピースの」

「ちょっとどこ行ったかわかんないなぁ。それよりもさ、君、初顔だね。そのドレスめっちゃ色っぽいじゃん。ほら、ここおいでって」


 グイッと手首を掴まれ、ガーデンソファに腰が沈む。武山さんと同じくらいの年齢なのか、私よりも年上に見えるその男性は、やけに白く驚くほど綺麗に整列した歯を光らせて、下を向いている私の顔を覗き込んだ。嗅いだことのない、甘ったるい植物を燃やしたような香りが鼻先をかすめていく。


 ——タバコ……の匂い? 


「武ちゃんが言ってた綺麗な子ってきっと君のことだよね。さっきの子は綺麗っていうよりは可愛い感じだったからさ」

「あの、その子、今どこに行ったかわかりますか?」

「さあ、誰と行ったか、もう覚えてないや。ひゃひゃひゃひゃひゃ」


 変な笑い方をする人。普通の状態じゃないと思った。海外ブランドのロゴが所々に織り込まれているシャツを見るだけでは品の良い感じに見えるのに。よほど飲んでいるのか、それとも——。


「それよりさぁ、こんな特別なパーティーに来てるんだからお友達なんてほっといて自分が楽しみなよ。俺、何か飲み物取って来てあげようか?」

「や、今はいいです。あの、お酒好きじゃないんで」

「ええ〜つまんねぇ。そんなのつまんないからさ、何か飲みなよって。ちょっとそこ! この子に何か持って来て。ねぇ、何がいい? ワイン、シャンパン? それともテキーラとかいっちゃう?」


「や、本当に、私、いらないので」と爆音のダンスミュージックに負けないように大声で言い、「すいません友達探してるのでこれで」と立ち上がろうとするも、「そんなこと言うなよなぁ、さめるだろ」とまた腕を掴まれる。


 ——逃げ場がない。どうしよう。


 武山さんに助けを求めるかと視線を動かし会場内を探すけれど、武山さんの姿も見えない。どこかに行ってしまったのだろうか。


 ——武山さんもいない。そうだ、お昼に会った男の人は……


 確か孝哉と呼ばれていた。あの男性はここに今いる男性よりもまだマシに思える。


 ——カーキのティーシャツに、短パンだったよね。……あ、いたっ!


「すいません、私あの方に用事があるので」


 きつめの声で私の腕を掴んでいる男性にそういって、孝哉と呼ばれていた男性の方を指さすと、「なんだ、孝哉用の女か。じゃあ良いよ。はいはいどうぞお楽しみくださいねぇ」と言われ、腕を開放された。


 ——孝哉用の女……。


 それはつまりどういうことなのだろうか。お昼の印象はチャラい感じもなく、良い人に見えた孝哉という男性も、危ない人なのだろうか。


 ——そうじゃない。ここにいる人、みんな危ないんだ。


 とりあえずそこから立ち上がり、建物の壁際に向かった。壁に背中をつけて、少し冷静にならなくてはとゆっくり息を整える。テラスにはいつの間に増えたのか二十人ほどの男女が入り混じり、身体を揺らして踊っていたり、抱き合ってキスをしている男性カップルの姿も見える。


 ——うそでしょ……。


 言葉を失い、思わず口に手を当てて目を凝らす。物陰とは言いにくい場所に置いてあるガーデンソファの上で、若い女性が男性の膝に座り上半身裸で揺れている。髪を振り乱しながら揺れている女性の顔は高揚し、どう考えてもまともじゃない。


 ——ドラッグだ。絶対そうだ。じゃなきゃ説明できないよ、こんな状況。


 ずりずりっと、背中を壁につけたまま、身体を少しずつテラスの端に寄せる。そのまま進めば、階段になっている場所に行くはず。とにかくここから逃げ出さなくてはいけない。そして探さなくては。美穂ちゃんを。この危ないパーティーから救い出さなくては。


 ——お昼に飲んだワインのアルコールは多分、もう飲酒運転にはならないはず。いや、まだあれから六時間くらいしか経ってない。それだと、もしかして飲酒運転になってしまう? でも——。


 もしそうだとしても、なんとかここから逃げ出さなくては。まずは美穂ちゃんを見つけなくてはいけない。そう思いながら段差をゆっくりと一段、また一段と降りて、何段か目かに、じゃりっと足の感触が一番下に着いたことを知らせた。


 ——これでテラスにいる人から私の姿は見えないはず。


 真っ暗になった視界に目が慣れてから辺りを窺うと、バンガローが建っていた方向にぼんやりといくつか灯りが見えた。


 ——とりあえず、あのどこかにいるかもしれない。


 足音をできるだけ消して、灯りのある方に身をかがめて進む。スニーカーしか持ってなくて良かったと思った。真っ赤なドレスを着ていても、足元だけはちゃんと走って逃げることができるスニーカーだ。ただ、白いスニーカーの色が暗闇でも目立つような気がして、私はドレスの裾でスニーカーが見えなくなるように、さらに身をかがめた。


 ひとつ目のバンガローの灯り。

 

 耳を澄まして中を伺うと、男女の交わる声が聞こえる。聞きたくもないような喘ぎ声に、男性の息遣い。もしもこの中にいるのが美穂ちゃんだったらどうしよう。そう思い、そっとガラス窓の隅から中を覗くと、強姦されていると言うよりは合意のもと楽しんでいるような男女四人の姿が見えた。


 ——良かった。美穂ちゃんじゃない。でも、こんなの見るなんて最悪だ。


 美穂ちゃんを急いで探さなくてはと、次のバンガローに向かう途中で、真っ暗な中にさらに黒い人影が動いた気がした。一瞬動きを止め、近くにあった木の影に身を隠す。すらっと背の高い、男性なのか、女性なのか。そう思って息を潜めていると、「瑞希ちゃん?」と名前を呼ばれた。





「リカさん……?」


 

 

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