Closed party 1

 来た道をセンターハウスまでゆっくり戻る私の頭の中には、さっき見たリカさんの後ろ姿が焼きついていた。細い腰に美しいヒップライン。完璧なプロポーションだと思った。すれ違う時に見た感じだと、身長も私と同じくらいか、どうか。


 ——お仕事がモデル、とか? ありうる。だってさっきホールにいた人たちもどことなく一般人じゃない感じがするもん。


 なんだかまた場違いなところへ来てしまったと、そう思う気持ちを振り切るために小石だらけの河原に進み、ひとつ手にとって深い淵に投げ込んだ。ぽちゃんと音を出し、水面に波紋が生まれる。渓流はとうとうと流れているけれど、そこはまるでプールのように静かな川面だった。エメラルドグリーンというよりはもう深い緑に変わっている深い淵。もうひとつ、小石をひろい、また投げ込んでみる。


 ——ぽちゃん


 何度かそんなことを無心になって繰り返し、はっと我に帰ると、辺りはもうすっかり薄暗くなっていた。


 ——いけない。美穂ちゃん部屋にほったらかしだ。


 足元に気をつけながらセンターハウスの近くまで戻ると、散歩に出かける時はなかったパーティー会場が出来上がっていた。建物から迫り出したテラスにはDJブースらしきものと、大きなスピーカー。それに、暗くなった渓流にはライトが入り、その光の上を魚の影が泳いでいくのが見える。


「うそ。パーティーって、こっち?」


 どう考えても食事を楽しむパーティーではなく、ダンスミュージックを聴きながら踊る方のパーティーだと思ったその時、DJブースに若い女性がヘッドフォンをつけて現れ、水の音だけの世界にいきなりデジタルな音が響き渡った。


「うそでしょ? ここで?」


 テラスの段差をあがると、出かける前に見た武山さんの友達らしき人たちはワインや小ぶりな瓶ビール、色とりどりのカクテルを手にして身体を揺らしている。それは今まで過ごしていたデジタルオフの静かな世界とは真逆な空間だった。


「遅いから心配してたよ霧野さん」と武山さんが私を見つけて声をかける。


「あの、パーティーって、こういうパーティだったんですか?」スピーカーから流れるハウスミュージックに負けない声で尋ねると、「そうそう! 最高だろ?」と武山さんは笑いながら答えた。


「美穂ちゃんもさっき降りて来てあそこで楽しんでるよ。霧野さんも何か飲むよね?」

「えっと……」と言葉に詰まり、武山さんがあそこと言った方に顔を向けると、美穂ちゃんが何人かの男性に囲まれ楽しそうにしているのが見えた。それに、来た時の服装から着替えたのか、どう考えても美穂ちゃんのセンスじゃないドレッシーな黒いワンピースを着ている。座っているのに膝が見えているということは、相当短い丈のワンピースなのだと思った。


「ほら、美穂ちゃんは美穂ちゃんで楽しそうだし。でさ、その洋服。なんかショップにいる時とおんなじ感じだよね。おーい、レイ、霧野さんに何か貸してあげてよ」

「え? や、私、あの、その、このままで」

「ダメダメ。霧野さん本当に綺麗なんだからもっとセクシーな服を着て楽しませてよ」


 武山さんのその言葉で背筋に嫌な感触が走る。さりげなく腰に手をまわしてくる武山さんの甘ったるい香水の香りが鼻につき、嫌だと思う気持ちがさらに湧き上がってきた。逃げなくては。本能がそう言っている。


「あの、とりあえず、私一旦部屋に戻ります」

「そお? じゃあ、あそこにいるほら、あの女、レイっていうんだけど、彼女から何か洋服借りて着替えておいでよ。あいつ、いつもそういう係だから行けばすぐ分かるからさ」


 武山さんが私の耳たぶすれすれの位置でそういうと、私はさらに嫌な気持ちになった。ここは危ない。また直感的に思ってしまう。営業スマイルで「はい」と小さく答え、とりあえず、そのレイと武山さんが言った女性のもとへ行き、てろんとした素材の真っ赤なワンピースを受け取った。


「これ着れる人なかなかいないんだよねぇ。きっと似合うよ。細いし、背もあるし、モデルみたいだし。あ、髪の毛、アップにしてあげようかぁ?」


 レイさんの真っ黒で艶々したボディスーツのような格好と、真っ赤なマニキュアを塗った爪先がやけに気味悪く見える。「ありがとうございます」とだけ答え、急いで自分の部屋に戻った。心臓がドキドキしている。これは完全にプライベートな空間、それも逃げ場のない山奥での危ないパーティーだ。


 ——どうしよう。でも、美穂ちゃんはもうすでに着替えてあそこにいる。


 美穂ちゃんを誘ったのは私だ。であれば、美穂ちゃんを危険から守らなくては。


 ——でも、どうやって?


「とりあえず、着替えて向かうしかないよね……」


 絶対に自分では選ばないセンスの真っ赤なドレスを着て鏡を見ると、ボディラインにぴったりと沿った、まるでハリウッド女優が着るようなドレスだった。胸元だけじゃない。背中までパックリと開いている。


「これ、ブラとか無理じゃん……」


 まさか私にノーブラでこれを着ろとレイさんは選んだのだろうか。そうであれば、今いるこの場所はかなり危険すぎる。何が起きてもおかしくないのではないか。


「冗談でしょ? そんな、嫌だし」


 独り言を呟いて、何かないかを考える。何か、胸を隠すもの。


「そうか、水着だ!」


 着ていたドレスを一旦脱ぎ、もしかしてと思って持って来た水着のトップスをつけると、なんとか違和感なく見えるような気がした。鏡に写る自分に「よし」と声をかける。だからと言って、正直、テラスに戻りたくはない。でも、美穂ちゃんをほかってはおけない。私は急いで美穂ちゃんの元へと向かった。


 





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