Nature’s villa KEIRYU 4

「はぁ。すっかりいい気持ちですよねぇ。まさかこんないい気分が味わえるだなんて、本当来て良かったです」

「だねぇ」


 テラスでの昼食を終え、一旦部屋に戻った私たちはベッドの上にごろんと寝っ転がっている。キングサイズのふかふかな上質なベッド。それが贅沢に二つ並んでいても部屋が狭いと感じることがない空間。室内は白木で統一された内装で間接照明が美しい線を描いている。全面ガラスの窓からは少し曇り気味な空と微かに木々の葉が揺れるのが見えた。


「で、瑞希さんは武山さん狙いなんですか?」


 ごろんと身体をおこし、ベッドに頬杖をついて美穂ちゃんが私に尋ねた。白ワインですっかりいい気分になっている美穂ちゃんはとろんとした目で私を見つめている。


 ——無防備。


 ふと頭にそんな言葉が浮かぶ。こんな可愛い子にそんな目で見られてしまったら、男性陣の心は変な気を起こしてしまうような気がした。きっとそういうところもあざと可愛いというのだろう。私にはできる気がしない。


「全然、そんな風に思わないよ。だって、妻子持ちだって言ってたし。それに私、本当に男運がないんだよね」

「そうなんですか? 前に言ってましたよね。十年付き合った彼氏さんと別れてから出会いがあんまりないって」


 高校時代から付き合っていた彼氏とは、十年続き二十五歳で別れた。原因は思い出したくもないけれど彼氏の浮気だ。十年も付き合ってるとそれなりに色々あったけど、東京の本社に一年間勤務していた時、私の彼氏はあっさりと別の女に乗り換えた。地元にいる時も普通の人の休日に、休みがとりにくかったことも原因だったのかもしれない。彼氏と別れたあの当時、心も身体も何もかも許せる相手だと思っていた私の心は疲弊した。でも、それは彼を愛していたからなのかと聞かれれば、そうではない。十年もいれば熟年夫婦のように相手への執着心があり、別れるのがめんどくさくて、ダラダラ時間を過ごしていただけのような気もする。


「十年も付き合えば、いて当たり前になってて、きっともう恋愛じゃなかったんだよ」

「そういうもんですか。なるほど」

「きっとね」

「私もいつか今の彼氏とそんな風になっちゃいそうで怖いです。でも一緒に住んでるとそんな感じの時あります。家に帰るといて当たり前的な。そっかぁ、恋愛じゃなくなるかぁ。やっぱ一緒に暮らすとダメなんですかねぇ?」


 私たちはあのまま結婚していたら冷めた夫婦になっていたかもしれない。だからあの時、別れて正解だったのだ。

 

 ——でも、問題はそこからなんだよね。


 また出会いから始める恋愛なんてめんどくさくてなかなかする気になれない。合コン、クラブ、飲み会、出会いは色々あるけれど、綺麗ですねと褒められることはあっても、近寄りがたいと言われそこから先がないのが現状。


 ——まあ、それは私の態度も関係しているのかもしれないけれど。


 美穂ちゃんみたいに無防備なあざとさを持ち合わせていれば少しは変わっていたかもしれない。


「瑞希さーん。聞いてますかぁ?」

「あ、ごめん。ちょっとほろ酔い気分でぼうっとしてた」

「もう、お酒弱いんですからぁ」

「美穂ちゃんも酔っ払ってる感じだよ?」

「えへへ。美味しくて三杯も飲んじゃいましたからねぇ。私少し昼寝しよっかな」


 そういうと美穂ちゃんはまたごろんと仰向けになって、スマホをいじっていたかと思うと、そのスマホをベッドサイドに置き、「少しだけ少しだけ」と言って、目を閉じた。


「私も少し寝よっかな……」


 ベッドはふかふかで、私の身体をすっぽりと包んでいる。美穂ちゃんのように目を閉じればいつでも眠りにつけそうだった。


 ——でも、せっかく遠くまできたんだし。


「私、少し散歩してこよっかな」


 なんとなく美穂ちゃんに聞こえるように口に出す。反応がないところを見ると、もうすでにお昼寝モードに入っているようだった。仰向けからいつの間にか横向きになり、身体をくの字に曲げて、両手を合わせてほっぺの下に置いて寝ている姿に思わずぽかんと呆れた。寝てる姿まであざと可愛いのは、もう天性かもしれない。


 私は静かにベッドから起き上がり、薄手のパーカーを羽織って部屋を出た。


 エレベーターでレセプションホールに降りると、さっきまではいなかった男性や女性の姿があった。年齢的には武山さんと同じくらいの四十代半ばの男性に、若い女性、それにどう見ても恋人同士な男性の二人組など、十人ほどいるだろうか。着ている洋服はラフであっても高級ブランドと分かるような装いで、いかにも武山さんのお友達といった風合いだった。


「霧野さん、これからパーティーの準備でちょっとざわつくけど、ごめんね。準備ができるまでよかったらみんなと一緒に飲まない?」と、武山さんに声をかけられ、「ちょっと散歩してきます」と笑顔で答える。あの中に入って一緒に飲むコミュニケーションスキルは今は発動したくはなかった。


 アパレルの店員だと自己紹介で話すと、コミュニケーションスキルが高いと思われがちだが、それは違うと思っている。ショップにいて仕事をしている時はお仕事モードで、本当の私は静かな時間も好きなのだ。それに、オフの時までお仕事モードでいるのはなんとなくめんどくさい。


 ——きっと、この環境がそう思わせるんだろうな。デジタルオフしてゆっくりしたい気分だもん。


「足元気をつけてね」と武山さんに声をかけられ、会釈を返して私は外に出た。テラスの続きで段差になっている階段を降り、舗装されている道を上流に向かって歩くと、美穂ちゃんと一緒に見ていたバンガローに到着した。バンガローは見たところ、全部で六棟ほど。そのどれもがセンターハウスと同じような濃い茶色の外装がされているけれど、元々はバンガローだったんだろうなと思わせる丸みを帯びた三角形をしている。今日は閉館だと言っていたからお客さんはきっといなくて、さっきホールにいた人たちが泊まる予定なのかもしれない。


 ——せっかくだし、端っこまで行ってみようかな。


 渓流の水の音とひぐらしのどこか切なげな鳴き声を聞きながら、私は足を進めた。木々の葉はさらさらと風になびき葉が触れ合う音を出しているけれど、到着した時にあった木漏れ日はもうなくなっている。陽もだいぶ傾き、山間にあるここにはもう陽の光が届かないのだと思った。


 ——静かに流れる時間、酸素を多く含んだ空気に癒される。こういう時間を求めてソロキャンに行く女子が増えてるんだろうなぁ……


 なんとなくそう思い、脳内では何を着て行こうかなと山ガールのコーディネートまで始めてしまう。我ながら単純な性格だと、少しおかしくなった。


「さてと、ここまでか」


 最後の一棟まで歩き、ふぅっと一息ついてからきた道を戻ろうと振り返ると、さっき通った時は気づかなかった人影に気づく。私と同じくらいの年齢の女性。それもとびきり綺麗な女性が、紺色のロング丈のワンピースを着て、一番端っこのバンガローの入り口に立っている。武山さんのお友達の方だろうか。ペタペタと音を出しそうなぺったんこのサンダルを履いて、こちらに近づいてくる姿が美しい。ラフにまとめたお団子ヘアーも様になっているなと見惚れていると、「こんにちは。あなたも武ちゃんに誘われて来たの?」と声をかけられた。


「はい。あの、今日のパーティーにお邪魔させてもらいましたけれど、大丈夫でしたか?」

「べっつに誰が来てもってことはないけど、いいんじゃない? 武ちゃん綺麗な子が好きだからきっと呼ばれたのね」

「そんなことはないですけれど、たまたまです」

「私、リカ。あなたは?」

「あ、霧野瑞希です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いだなんて、ふふふ。何をお願いするの? 瑞希ちゃんって面白い人だね。それに美人だし。仲良くなれそうな気がする!」

「そ、そうですか? よかったです」

「うん! また後で一緒に飲みましょ! じゃ、私今から河原でヨガタイムなんだよね」


 リカさんは飾らない笑顔でそういうと、ひらひらと手を振りながらバンガローよりも上流の河原に向かって歩いて行った。その後ろ姿がまるでファッションショーのランウェイを歩くモデルのようで、私はしばらく目で追っていた。

 



 

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