Nature’s villa KEIRYU 2
坂をのぼり建物の前に着くと、全面ガラスに一部だけ建物の深い茶色と同じ配色の大きな一枚扉があった。
「すご。こんな一枚扉なかなかないですよね」と言いながら美穂ちゃんが扉の前に立つと、一枚板だと思っていた扉が両サイドに動き自動ドアだったのだと気づく。
「ひょえ〜。お金かかってるのが入り口でもわかるとか。もう本当に別世界すぎて夢の中みたいですよね」
「本当に。なんか、場違いな気がしてちょっと緊張してきちゃったかも」
「同じくです」
自動ドアを通り抜け建物に入ると、広々としたエントランススペースにはどっから見ても高級そうな革張りのソファが品良く配置されている。と、その手前にさりげなくレセプションのようなものがあるのに気付く。どうやら今は誰もいないようだと思って辺りを見渡していると、どこかにドアがあるのか、壁をすり抜けるようにして若い女性がひとり向こうからやってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ。ご予約の、霧野様でございますか?」
ホテルマンのような服装というよりは、もう少しデザイン的に洗練されてい
るグレーのスーツ姿の女性に名前を言われ、一瞬どきっとしてしまう。
「あの、今日は武山さんにお誘いいただいてやってきたのですけれど」
「はい。オーナーからお聞きしております。オーナーは昼過ぎに到着されると伺っておりますが、霧野様、お食事はもうお済みですか? もしよろしければお部屋にご案内後、テラスで簡単なお食事をご用意いたしますが」
私と美穂ちゃんはその言葉に顔を見合わせ、「ぜひお願いいたします」と答えた。別荘だと聞いていたのに、まさか、こんな高級ホテルのような対応だとは思ってもみなかった。
「それではまずはお部屋にご案内いたします。お荷物、お持ちいたしますね」
きちっとひとつにまとめた黒髪。胸元につけている金色の名札に『木下』と書かれたスタッフの女性はサッと手を出し、私と美穂ちゃんの荷物を受け取ると、まるで重力なんて存在してないんじゃないかと思うほどに軽々と手に下げて、「どうぞ、こちらへ」と言って私たちの先を歩いて行く。
無機質な石に囲まれたような錯覚を覚えるエントランスロビー。その渓流側は見たこともないような大きな一枚ガラスで、外の景色が見える。眺めることができるように配置された茶色い革張りソファはイタリアの家具ブランドに違いないと思い、ガラスに映る自分の姿を改めて見た。肩まで伸びた髪をひとつに結び、ブランド物だとはいえ、ラフすぎる白いティーシャツにジーパン、そこにきてスニーカーでは全くもって場違いな気がしてしまう。
「これはもう別荘じゃなくてホテルですよね?」
「うん。まさかこんな感じだとは思ってなかった。美穂ちゃん、その格好大正解だよ。私ももう少しドレスアップな感じをミックスすれば良かった」
せめて足元だけでもスニーカではなくお洒落なサンダルだったら良かったかもしれない。そんなことを思いながら女性の後についてエレベーターに乗り、宿泊する部屋に到着した。
「こちらが宿泊していただくお部屋になります。お食事をご用意するテラスはエントランスまで戻っていただければその奥にございますので、すぐにお分かりになるかと思いますが、もしご不明な点は、こちらで私をお呼びくださいませ」
「ありがとうございます。あの、これは?」
「こちら、館内と敷地内でのみお使いいただける簡単に申し上げますとスマホのようなものでございます」
「なるほど」
「山奥のため、時折電波が届かなくなることもございますので、その際は当館のWi-Fiを接続していただけましたら不便なことはないかと思います。こちらにご案内がございますので、良かったらお目通しくださいませ。何か、ご不明な点はございますか?」
私と美穂ちゃんはどちらからともなく「大丈夫です」と答え、スタッフの木下さんは「それでは良い時を」と言って部屋から出て行った。
「むっちゃ緊張してしまいましたよ、私。いや、お金持ってる彼氏がいるときに高級なお店とかホテルとか行ったことはもちろんありますけど。ここ数年こんなサービス受けたことないですし」
「そんなこと言ったら私なんて、経験あるかないか。でもさ、あれだよね。仕事柄こういうところに来るようなお客様の接客もしてるわけだし、これはこれで、なんかすごく勉強になるなって途中から思っちゃった」
「瑞希さんは本当、仕事好きですねぇ」
「まあね。でもこれはダメだったな。この格好。すぐに着替えたいけど、でもどれもおんなじようなラフな格好しか持ってきてないや」
「私いくつか持ってきたんですけど、良かったら着ます?」
正直私の身長と美穂ちゃんの身長では差がありすぎてそれは無理だと思った。でも、もしも何か着れるものがあればと、見せてもらう。さすがにこんなラフな格好でこのまま滞在するのは気が引ける。気が引けてしまうと自然に猫背になってしまう自分はあまり好きじゃなかった。昔から背が高いことを気にしてついつい猫背気味になる癖はなかなか抜けない。
「これ、これならフリーサイズなんでいけるはずです!」
美穂ちゃんの提案してくれた白地にブルーのストライプが入ったワンピースは、うちのショップにも同じようなデザインの物がある。確かにそれなら背の高さや身体の細さを気にしないで着こなせるかもしれない。
「助かる、ありがとう」
ここに滞在するための服に着替えた私と美穂ちゃんは、ベッドサイドに置かれている『Nature’s villa KEIRYU』の館内案内にざっと目を通してから、食事をするためのテラスに向かった。
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