Nature’s villa KEIRYU 1

 八月初め。眩しいくらいに快晴な青空と白い雲が山あいに見える深山に私と美穂ちゃんはやってきている。武山さんの会社『優遊舎』が運営する話題沸騰の別荘『Nature’s villa KEIRYUネイチャーズビラ渓流』は、東海北陸道郡上八幡インターを降りてから山道を車で一時間ほど走った場所にあった。


「すごっ! すごすぎません?」


 別荘の駐車場で車を降り、荷物を持って敷地内に入った美穂ちゃんが思わず声をあげる。まさか、あんなにも山道を走った先にこんな別荘があるなんてきっと誰も思わないだろうと、私も思った。


 紅葉樹の緑の葉が風に揺れる下で、岩の合間を縫うように流れ落ちる渓流とエメラルドグリーンの深い淵。そしてその景色を最も美しく見ることができるであろう少し高台に建つ近代的で洗練された建物。深い茶色の無機質なそれは四角い箱をいくつも重ねたような複雑な組み合わせで、建物の渓流側は所々が全面ガラスになっている。


「こんな建物、名古屋でもなかなかないですよね瑞希みずきさん」

「うん、ほんとだよね。絶対どっかの有名な建築家が設計したって誰でもわかるよね。まさか、その人じゃないと思うけども」

「でも、まじで今日と明日ここ無料で宿泊できるんですよね? これって、SNSとかにアップしてもいい系ですか?」

「あ、そうそう。そういう紹介は大歓迎だって武山さんから聞いてる」


 そういえば、武山さんはもう来ているのだろうか。貸し別荘の駐車場には私の乗ってきた軽自動車とその他にも数台停まっていた。でも、武山さんが乗っているようなイメージの高級車はなかったような気がする。


「で、まずはどこに行けばいいんですかね?」


 スマホで写真を撮っている美穂ちゃんに声をかけられ、はっと意識を戻した。茶色くて四角い建物に行くには今いる場所から坂道を少し登らなくてはいけない。坂道の先に視線を向けると建物に入る階段のようなものが見えた。正確には階段と言うよりも段差のあるテラスのようだ。


「あそこ、きっとあそこが入り口だよ」

「あ、ほんとだ。ああー、ほんと誘ってくれてありがとうです。こんな素敵な場所でリトリートできるなんて超最高です! 早速彼氏にLINEで写真送りつけてやりますよ。こんなにいいところに来たんだぞって」

「まだ喧嘩続行中なの?」

「ですです。多分原因はくだらないことなんですけど、なかなか仲直りできないし。家の中、居心地悪くって。だから少し離れる時間があってちょうど良かったなって思ってます。それに、普通なら取れない連休が取れたし。もしかしてお金持ちのイケメンいるかもだし?」


 美穂ちゃんがぺろっと舌を出しながら冗談ぽくそう言うのを聞いて、若いっていいなとちょっと思った。美穂ちゃんは今年二十四歳。まだまだ恋愛も存分に挑戦できる年頃なのだ。それに美穂ちゃんは私と違って背も一般的な女性より少し低い。可愛い顔立ちはショップスタッフのSNSでもフォロワー数が多いのもうなずける。流行の少しくすんだ髪色に、ゆるっとふわっと纏めた髪は今日の服装とのバランスも良く、あざと可愛い女子を演出している。


 ——それに比べて私は。


 168センチの身長はなかなか微妙な身長で、さらにヒールを履くと170センチを超えてしまう。「美人だしモデル体系で本当に羨ましい」なんて言われて嬉しかったのはアパレルに勤め始めてしばらくの頃までで、高校時代から十年付き合っていた彼氏と別れてからはこの身長が仇となっている気がしてならない。「綺麗で近寄りがたい」「背が高すぎてちょっと俺には」なんて言われてしまったこともある。好きで身長が高いわけじゃないのに。


「瑞希さん? 行かないんですか?」

「あ。ごめん、ぼうっとしてた」

「ぼうっとしてても絵になる美しさ。瑞希さん今日もむっちゃいい感じですね」

「そんなことないよ。今日なんてただの白シャツにジーパンだし。髪の毛だって束ねてるだけだしね。私の方こそ美穂ちゃんの今日の格好、可愛いなって見惚れてたんだよね」

「そうですかぁ? 出会いに期待してる感が出過ぎてなければいいんですけど」

「あはは。そういうあざとい感じ、いいと思う。その着てる服ってあれでしょ? 早々に売り切れちゃったって言うインポートブランドのキャミソール。お洒落だよね、すっごく。ジャガードでしょ? 折り込まれてる模様も綺麗。その深緑色が美穂ちゃんの肌の白さを強調しててさ、この景色にあう気がするよ」

「キャンプ場のリノベーションって聞いてたからラフな格好がいいかなって思ったんですけどね。でも別荘って言ってたし、スマホで写真見た感じこっちもありかなって。それにしてもここはあれですね。快適な気温。やっぱり渓流とか流れてると涼しいんでしょうね」


 美穂ちゃんの言うようにここは下界とは気温が全然違う。郡上八幡のインターを降りたところで一度車から降りてコンビニに寄ったけど、その時肌に感じた太陽の熱光線も木々に囲まれたここでは感じない。街では灼熱の太陽でさえ、ここでは心地よい木漏れ日を生み出すだけの存在になっている気がした。


「マイナスイオンが充満してる」


 心の声を小さく呟き、思いっきり深呼吸をした。これから二泊三日。日頃の疲れを癒してリフレッシュすればまた何か違う世界が広がるかもしれない。時々はこういう時間も必要なのだ。お一人様キャンプに週末出かけて行く人たちの気持ちが少し分かった気がした。

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