第2話 偉才と不良の邂逅

・シニアリーグ

少年硬式野球において中学生を対象としている。

シニアで活躍した選手は名門校への推薦を受けることが多く、プロ野球選手を目指す者たちの登竜門となっている。




『偉才と不良の邂逅』

 四月、それは出会いの季節。特に高校一年生の四月の重要性は誰もが知っていることだろう。その後三年間、否、一生付き合い続ける友達ができるかもしれないのだから。誰だって多少はそわそわするものである。

 しかしこれからドキドキワクワクの高校生活がスタートするであろう通学路を、一人の少女が非常に、尋常なく怠そうに歩みを進めていた。身長は約百七十ほど、スラリと伸びた手足、健康的に引き締まった腰、肩に掛からない程の黒髪ショートヘア、その見た目をさらに際立たせる眼鏡。その恵まれた見た目とは裏腹にげっそりとした表情が相まって変に目立ってしまっていた。

 そんな周りからの注目など彼女は意識すらしていない。


――あぁ、やばい。原作の頃からヤバみが深かったけど、やっぱり一話から神だわぁ。カルちゃん可愛い過ぎる。声優さんもめちゃくちゃ合ってるし。あぁ、まじ尊いわぁ。今日帰ったら原作復習しよ。あぁ、来週が待ち遠しいぃ‥‥‥。


 それもそのはず、彼女の頭の中は昨日放送開始したアニメのことで埋め尽くされているのである。そのげっそりとした表情の原因も第一話をリアタイで見た後、録画で周回していたからであった。

 睡眠不足から異様な倦怠感と立ちくらみに襲われながらも、入学した私立清龍高校へと辿り着く。昇降口に貼られたクラス表で自分のクラスを確認しこれから一年間過ごすであろう教室へと入ると、そこには彼女の見知った顔がいた。


「あ! おはよ! 球(たま)! よかったー同じクラスで、また改めてよろしくね!」


 体全体から怠そうなオーラを出している球とは正反対、キラキラ、キャピキャピした少女が球を出迎えていた。彼女は球の幼馴染である乾凜(いぬい りん)。腰の辺りまで伸びた茶髪、特に突出した特徴はなく平均的な体型であるのだが、球と並ぶと凜は小さく、反対に球が大きく、長年の仲の良さに比例するが如く互いが互いを際立たせている。


「あーおはよ凜。今日も可愛いね‥‥‥」

「あははは、ありがと。それにしてもすごいくまだよ。また徹夜してたでしょ! あれだけ徹夜はダメだって言ってるのに‥‥‥」


 もうしょうがないな、といった感じで凜は両手を球の目元まで伸ばし、両親指でクマを優しくなぞる。


「ん、こそばゆいよ凜」

「ふふ、あ! そうだ! さっき面白い人と仲良くなれてね。その人が球ちゃんとお友達になりたいって言うから、それでね、急なんだけど紹介するね!」


 なんか嫌な予感がする。そう思った球の予感は見事に的中するのであった。


「こちら、戸ヶ崎龍一(とがさき りゅういち)君。スポーツ科で同じクラス、野球部なんだって」


 どこか格式の高いレストランのウエイトレスの様な若干演技がかった動作で、龍一と呼ばれたの方へと視線を誘導する。

 そして球の視界に入ってきた男、その男に彼女は嫌悪感を抱く。些か初対面で嫌悪感を抱くのは良くないことだと分かってはいるのだが、ほとんど不可抗力みたいなものであった。野球関係というだけでも厄介であるのに、その男の外見が不良、ヤンキーそのものであったのだ。

 身長百八十六、凜の倍近くあると錯覚するほど広い肩幅、腕まくりかつスボンの裾を膝まで上げ、露出した脚と腕には美しく整った筋肉が添えられていた。しかしそんなスポーツマン的肉体を台無しにしていたのが首から上の部位である。

 いつも気怠げな表情をしている球とは正反対、生き生きとしたその表情は無邪気な笑顔が原因であり、天然ではない金髪をオールバックにしている。どこからどう見ても球の苦手な人種なのは間違いなかった。


「龍一って呼んでくれ! よろしくな! 球!」


 いかにも無鉄砲な挨拶、いきなり下の名前で呼ばれた球の心境は穏やかではなく、パーソナルスペースに土足でズカズカと入ってこられた気分だった。


――せめてこのヤンキーがもう少し爽やかなイケメンだったら悪くないんだけどなあ。もしくはカルちゃんになら‥‥‥あ、そういえば今度カルちゃんの声優さんのイベントがあったっけ。たしか好きなセリフを個別で言ってくれるとか何とか! あぁ、やばい‥‥‥球ちゃんだーい好き! いやいや、球ちゃんのバカ! いやいや、球ちゃんの変態! あー! 迷うなぁ!


「ねー! 球ちゃんってば聞いてるの?!」

「え?」

「え? じゃないよ! もー! また妄想してたでしょ」

「‥‥‥してないよ。で、何?」


 流石、幼馴染。凜ちゃんには敵わないな、と内心では感心していながら、生気の無い、虚ろな目をヤンキーへと向ける。

 そんな球の目に気づいているのか、それとも気づいていないのか、明らかに後者であるのだろう。龍一は両手をポケットにしまったまま、真っ直ぐな目で彼女の虚ろな目を射抜くと、ニカっと笑う。


「俺と、野球しよーぜ!!」




・球の選手名鑑

二木球

学年     高校一年生

守備位置   キャッチャー

出身チーム  星刻シニア キャプテン

通り名    扇の偉才

その他    右投げ左打ち 元U15キャプテン


シニア通算成績

打率 .556 

出塁率 .687 

盗塁阻止率 .787

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