「僕の夢は意外と近くにありました」
GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ
第一話
一日の授業が終わり、僕はいつも通り誰も来ない図書室に図書委員として訪れていた。
「やっと授業が終わった」
夕日が差し込む図書室で僕は近くにあるテーブルの椅子に座り、ノートパソコンを開きタイピングを始める。物静かな空間にカタカタという音だけが鳴り響いていた。
「君、タイピング速いね」
「わっ⁉︎」
集中している時って、なんでこんなに驚いてしまうのだろうか。僕は驚いて座っていた椅子から転げ落ちてしまった。
「いてて……」
「ははは! 君、大丈夫?」
初対面のその女子は悪びれなく、ニコニコと楽しそうに笑いながら色白の腕を差し伸べてきた。
「あ、ありがとうございます」
手を借りて起き上がった。すいません。そう思いなが僕は目の前にいる女子の胸元に書いてある名札を確認する。青色。ということは三年生か。
「横道……先輩?」
「え? なんで名前……ってそうか名札か」
セミロングの黒髪がひらひらとなびく。横道先輩も自分の名札を一度見て、今度は僕の名札を確認した。
「吉田……くん。一年生か」
「はい。てか、いつ入ってきたんですか?」
「ほんのさっきだよ」
全然気づかなかった。
「あの、どうしてここに?」
「あー。私、タイピングが速くなりたいんだよね。だから、速くなる方法を調べにきたの」
タイピング? パソコンを触ってそうな人には見えないけど。
「タイピングが速くなりたいんですか?」
「うん」
横道先輩は楽しそうに微笑んでいる。つくずく何故なのかが気になってしまう。
「なんで、タイピングが速くなりたいんですか?」
「え? あー、私小説家になりたいの。今はものすごくタイピングが遅いから、もっと速くしたくてね」
小説家になりたい。というあまり聞かない言葉に少し驚いた。しかもこんな明るく何事も楽しく感じそうな女子が。
「吉田くんは夢とかないの?」
「え? 一応ありますけど」
「そうだ! 君、私にタイピング教えてよ!」
「え⁉︎」
「だって君タイピング速かったし、何か日頃からタイピングしてるんでしょ?」
「ま、まぁ」
「じゃあ、決まりね! 明日もまたここで!」
「え! ちょ!」
それを言い残して横道先輩は走って図書室を抜け出していった。いきなり会って驚かされてばっかだったな。
「何だか僕と正反対な人だったな、きっとこういう人が誰かを導くんだろうか。あ、もうこんな時間? 僕も帰ろっと」
横道先輩を追うように図書室を閉め、鍵を職員室に返して家に帰った。
家につき、靴を脱いで僕は自分の部屋に直行し、ノートパソコンを開く。
「今日も感想書いてくれてる!」
二年前から初めており、毎日更新している短編小説にいつも一人だけコメントしてくれる人がいる。あまり人気がなく、全く読まれない僕の小説にその人は今回も感想を書いてくれていた。
『今回も、とても面白かったです! 次も期待して待ってます!』
僕はそのコメントを読んで毎回書いている小説のモチベーションを上げている。読んでくれるって、喜んでくれるって、やっぱり嬉しい。
「また書くぞー!」
僕は腕を上に伸ばして気合を入れた。
翌日。同じ時間に横道先輩はやってきた。
「ちゃんと来てくれたんだね」
「僕、図書委員ですから」
昨日ぶりの横道先輩は相変わらず明るくて、楽しそうにニコニコしている。
「早速、始めますか?」
「うん!」
僕は手始めに横道先輩のタイピングを見てみた。それはもう面白いぐらいに遅かった。しかも、人差し指2本だけで打っていた。
「あの、タイピングじゃなくて普通に書いた方が速い気がするんですけど」
「私もできたらそうしたいけど、応募する所は手書きがダメって書いてあったの」
「あの、まずは両手で打つ所から始めますか」
「うん!」
相変わらず元気な人だ。アニメに出てくる主人公みたいな明るさをしている。
「ところで、横道先輩は何で小説家になろうと思ったんですか?」
昨日から気になっていた。普通、小説家になりたいという人はあまりいないし、それに、こんな人が何故小説家になりたいのか。
「ある人が書いてる短編小説なんだけどね、それを読んだらいつも元気が湧いてくるの。その小説を読んで、私もこんな小説を書きたいって思ったんだよね」
「その作家さん、凄いですね」
「うん! 本当にすごいんだよ! でも、あまり知られてないみたいで、少し残念」
「そうなんですか」
「あ! もしよかったら、私が書いてみた小説読んでくれない? 下手くそで恥ずかしいけど」
そういうと、横道先輩はパソコンに入っているファイルを開き、書いてるという小説を見せてくれた。
それは数分で読めるもので、一言で言えば
「作文?」
「小説だよ!」
僕が見た文章は大抵小説と言えるものではなく、どちらかというと作文の方が合ってると思った。
「あんまり、文章力ないんですね」
その後。僕は横道先輩のタイピング練習に完全下校時刻まで付き合った。
横道先輩と別れた後、家に帰り自分の部屋に直行した。
「今日はまだコメント書いてないのか」
少し画面を眺めていると一つのコメントが来た。しかも初めての人だ。
『めっちゃ、つまんねーなこの作品! こんな面白くない小説を読んだ俺の時間を返せよ! 下手くそが』
期待しながら読んだコメントは思ってもみなかったものだった。
いつも読んでくれている人以外からの初めてのコメントで否定されて、批判されて、怒りやら悲しみやらが溢れてきて泣き出しそうになった。実際目には涙が浮かんでいる。
「少しきついな……」
自分でも震えているのがわかる。初めて批判コメントを受けて小説を書きたくないと思ってしまった。それに、いつもコメントを書いてくれている人からは何もコメントが来ていない。これはきっと読む気が覚めたのだろうと思った。
それから僕はふらふらと椅子から立ち上がり、ご飯を食べずにお風呂に入ってすぐに就寝した。
学校についても授業が始まってもあのコメントが頭から離れず授業もまともに聞いていなかった。だが、放課後。授業が終わり僕はいつも通り図書室へ重たい足を運んだ。
「将来の夢のところに小説家って書いてあるが?」
図書室に行く途中に一つの教室から聞こえてきた声の方を見ると見覚えのある人がいた。
僕は思わず扉に近づいて聞き耳を立てる。先生と横道先輩が話している。多分二者面談だろう。
「私、小説家になろうと思います」
横道先輩は明るくいつも通りの笑顔で話している。それに先生は少し不機嫌そうな顔をしていた。
「ふん。頭の悪いお前が小説家? 無理に決まってる。諦めろ。そんな無理な夢を掲げてる暇があれば勉強しろ、このままじゃいい大学にいけないぞ」
先生はそんな横道先輩の夢を呆気なく否定した。
「私は諦めません」
横道先輩は自分の意思を変えずにいつもみたいに笑顔を向けている。
「諦めません」と言う言葉に何だか心がグサッと来た気がした。
「ふん。お前みたいなバカが小説家になれると思うなよ」
先生は笑顔を向ける横道先輩に向けて否定するだけじゃなく、夢を笑った。
「人の夢を笑うなよ!」
「吉田くん⁉︎」
気がつけば扉を強く開け、先生と横道先輩の視線がこっちを向いているのを感じた。
視線に気づいた僕はとても恥ずかしくなり、下を向いた。
「お前は?」
「彼は私の後輩です。ちょっと失礼します!」
横道先輩は先生に一度頭を下げ、僕の腕を引っ張って教室を出る。そして、少し歩いて誰もいない図書室へと来た。
「どうしたのいきなり? 急に出てきてびっくりしたよ!」
「なんか体が勝手に動いてて」
「ははは! 面白いね吉田くんは」
「すいません」
体が無意識に扉を開けていた。きっと自分に似ていたから、自分と重ねてしまって笑われたのが嫌だったのだろう。
「でも、ありがとう。嬉しかった」
怒られるのかと思っていたが、予想と反して感謝が返ってきた。
「あの、横道先輩はどうしてそこまで諦めないんですか? 普通だったらそこまで言われたら諦めると思うんですけど」
本当にわからなかった。どうしてあんなに否定されて、笑われたのに諦めないのか。
「確かに私はバカで小説の才能なんてないけど、それぐらいで諦めれるようなもんじゃないから」
横道先輩は窓際にいきオレンジ色の夕日で顔が染まる。
「吉田くんは笑われて、否定されたぐらいで大好きなことはやめてしまうの? 諦め切れるの?」
一瞬時が止まった気がした。横道先輩の言葉は一つ一つが胸に刺さる。それはきっと、自分の夢を誇らしく思い、どんなに才能がなくても、否定されても夢を諦めない。僕にないものを持っているからだろう。つくづく横道先輩と僕は正反対な人だと思った。同時に、横道先輩みたいな人になりたいとも思った。
「僕は自分の夢が小説家になるなんて恥ずかしくて言えなかった」
それにたった一度否定されただけで僕には才能がなくて無理なのかもしれないと諦めていた。
「たった一度否定されただけで諦めてたまるか!」
「そうだよ吉田くん! え⁉︎ 小説家になりたかったの⁉︎」
今まで曇っていた心が一瞬にして、横道先輩のおかげで快晴になった。
「もう諦めません! 僕も賞に応募します!」
「う、うん!」
先輩は僕の声に圧倒され少し驚きを見せた。少しして、落ち着いた僕は先輩からどんな小説を書いているのか知りたいと言われたのでノートパソコンを開き、いつも書いている短編小説を見せた。
「え? これ?」
横道先輩は少し不思議そうに画面を凝視している。
「これ吉田くんが書いてたの⁉︎」
いきなり大声を出して、この前言っていた小説家だと横道先輩は言う。
「え⁉︎」
少し理解するのは遅れたが自分だと知り、自分もびっくりしてしまった。
「そうだったんですか」
少し落ち着きを取り戻して、深呼吸をする。
「ごめんね、昨日パソコンが壊れちゃってコメント返せなかったの」
頭を下げ一度謝り、今回の作品も最高だったと微笑みながら付け加えて言われる。
「思ったより世界は狭いですね」
「僕の夢は意外と近くにありました」 GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ @such
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