第7話
ついに来てしまった。
そう思った。別に水月が何か言っていたわけじゃない。ただの勘。だけどその日は一日中やけに海が静かだった。
深夜、歌が聞こえる。私の知っている声、私の知らない言葉で。
窓を開けると、水月が慣れた様子で座っているのが見えた。
「…澪」
歌を止め、水月は私を見つめる。
「ごめんね。起こしちゃったかな」
「ううん。元から起きてたから。今日は、ここに来たくて」
水月はまたあの寂しい顔をした。
「澪、私は…」
「わかってる。私も水月の邪魔がしたくて来たわけじゃない。ただ、話したかっただけだから」
そう言うと、水月はそっかと視線を戻した。
私はそんな水月に語りかける。嬉しかったこと、嫌だったこと、最近のこと、昔のこと。次第に私たちの話題は今までのことになって、この数ヶ月間の一つ一つを確かめていた。
「思えば色んなことがあったんだね」
「本当に楽しい毎日だった」
そう言って締め括ってしまえば、もう後戻りなんて出来やしない。少しの空白の後に、水月が立ち上がった。
「私、そろそろ帰らなきゃ」
そう口にした水月の目には決意が満ちていて。ああ、もうどうしようもないんだって、そう思ってしまった。
「見送るよ」
私たちは部屋に戻って玄関を出た。私はパジャマのまま。水月は初めて会ったとき着ていたのと同じ白のワンピースを着て歩いていた。
私たちは家の下の入り江にやってきた。強い風が吹き始めた。
「そろそろ、お迎えが来ちゃう」
水月はそう言って砂浜に歩いていく。膝下まで水に浸かったとき、水月はワンピースを脱いだ。
「あ…」
あれ以来初めて見る水月の肌は、月明かりを反射してキラキラと輝いている。
「あれ、全部…」
あの日には首筋にしか生えていなかった鱗が、いつのまにか全身を覆っているようだった。よく見ると手足には水掻きがつき、爪は長く伸びている。立ち尽くす私を、水月は一度だけ振り返って見つめた。
「さよなら」
そう口が動いて、水月は私に背を向けた。
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