第6話
その日、私たちは買い出しのために近くの商店街へお使いに行っていた。メモに書いてあるものは買い終わって、私たちは気になったものを物色しながらゆっくりと家に向かっていた。それがいけなかった。
「澪、なんかあの雲怪しい」
水月が指した先には真っ黒な雲が広がっていた。
「これたぶんやばいね。帰ろうか」
そう言ってアーケードを抜け、通りに出たときだった。
ゴロゴロゴロ
遠くから雷鳴がして急に空が暗くなった。
「水月、走るよ!」
「うん!」
傘を持っていなかった私たちは、雨が降り出す前に家に辿り着こうと道を走り出した。直後、
ピシャーン
雷がどこかに落ちた音がして、ついに雨が降り出した。
ゴロゴロゴロ
ザーザー
まさに「バケツをひっくり返したよう」という比喩がぴったりの大雨。
「痛い痛い!粒大きすぎ!」
「もう全身びしょびしょ…」
叫びながらようやく見えてきた玄関に駆け込む。扉はすぐに開いて、藍さんがタオルを持って待っていてくれた。
「おかえりなさい。思った通り二人ともびしょ濡れね。今お風呂沸かしたから。まだ早いかもしれないけど二人で入っちゃって」
藍さんの言葉に従って私たちはお風呂場に向かう。びしょびしょになった服を脱いで一番に浴室に入る。藍さんの言う通り浴槽にはまだお湯が張りきってないけど、ボイラーは温まっていたからシャワーはすぐ使えた。少し遅れて水月が入ってくる。ん?心なしか目が合わないような…
「ねえ水月、もしかして恥ずかしがってる?」
思わず直球で聞くと、水月の顔はボッと赤く染まった。
「は、恥ずかしいよ…意識させないで…」
「えぇ〜でも女の子同士だよ?毎日同じご飯もたべっっるんだよ?夜も一緒にねてるんだよ?」
「そ、それとこれとは違うの!」
澪の裸なんて見たら死んじゃう、と水月は顔を背ける。その割にはさっきからチラチラ見てる気がするんだけどなぁ。
二人とも体を洗い終わったころ、丁度浴槽のお湯もいいくらいになった。でも…
「明らかに二人分はないよね」
うちのお風呂は一人用なのだ。仕方がない、と私は湯船に入って手を広げた。
「え?え??」
「ほら、水月」
催促すると、観念したように水月は浴槽に足を入れた。
「きゃっ!?」
私は我慢出来ずにそのまま下りてこない腰を抱き寄せる。そしてそのまま抱き締めて、首筋に顔を埋めた。
「もう、澪ってば…」
「だって水月、最近こういうことやらせてくれないんだもん」
成長したっていうことなんだけど、私としては少し寂しかったりするのだ。
「ん〜!水月の肌すべすべしてて気持ちいい〜」
「ふふふ、ちょっとくすぐったいからやめてよ」
触れ合っているうちに、水月もさっきまでの緊張は解けたようだった。やっぱりスキンシップは大事です。
「ん?」
調子に乗って遊んでいると、ふと鼻先に硬いものが触れた。なんだろう。髪の毛を掻き分けてみると、そこにあったものは小さく光を反射した。
「鱗…?」
思わず零れた言葉に、水月の体は硬直した。
「水月、これって」
「…バレちゃったか」
そう言うと、水月は私に体重を預けて話し出した。
「前、私が小さかったときに親の話をしたのって覚えてる?」
「うん。水月のお母さんは海だって。あのときはよく分からなかったけど、今はそのままの意味なんだろうなって信じてるよ」
「そう。ありがとう。その通り、私は海の子どもなんだ。今はちょっと外に遊びに来ているだけ。だから、いつか帰らなきゃいけないの」
「この鱗が全部生え揃ったとき、海が迎えにくる。私は行かなきゃいけない」
つまり、これは…
「タイムリミットなんだ。私と澪の時間はそろそろ終わっちゃう」
「…」
言葉が出なかった。頭の中ではわかっていたはずなのに、心のどこかで私はこの生活がずっと続くと思っていたらしい。
「どうにか」
「え?」
「どうにかしてみせる。絶対に、私がなんとかして治してあげる。だから、だから…」
「…」
水月は微笑んだ。嬉しさ半分、申し訳なさ半分。そんな笑い方。
「のぼせちゃうし、そろそろ出よっか」
そう言って水月は立ち上がる。私も立ち上がってお風呂場を後にした。
水月は海を眺めることが多くなった。私が寝た後、物音がして目を覚ますと隣の布団はもぬけの殻で、窓の外からはあの歌が聞こえてきた。
「水月…」
帰る場所、か。
小さい頃、心から笑えた場所はお父さんの隣だった。この数ヶ月はそれが水月に変わった。
水月がいなくなったら、私は。
「いなくなったら、かぁ…」
いなく、ならないでほしい。なんて、私の我儘でしかないのに。
朝、私の枕は濡れていた。
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