第3話
***
くんくん。美味しそうな匂いがする。なんの匂いだろう。気になって目を開けると、頭の上から声が降ってきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「わわっ」
びっくりして起き上がると頭でゴチンと音がした。
「いたた…」
なんだろうと目を向けると、知らないお姉さんが涙目で顎を押さえている。
「あ、あの、ごめんなさい!」
自分がしたことに気づいて謝ると、お姉さんはいいのいいのと笑って言った。
「こっちこそごめんね。驚かせちゃったね」
そう言ってお姉さんはわたしの頭を撫でる。温かくて気持ちのいい手。落ち着くな。そういえばわたしが寝てる間もこの手に撫でてもらっていたような…
「あ、そうだ」
そう言ってお姉さんはわたしの顔をじっと見つめ、首筋やおでこを触った。
「うん。もう大丈夫そうだね。よかったぁ」
安心した、とお姉さんは笑う。と、そのとき、お姉さんの声を聞いてやって来たのか扉が開いて男の人と女の人がやってきた。
「おお、起きたのかい」
「顔色も随分良くなったね」
そう言うと二人はお姉さんの隣に座り、よかったねと笑い合った。どうやら心配されていたみたいだ。
「えっと、その…」
お礼を言いたいけど名前がわからない。そんなわたしのことを察してくれたのか、お姉さんはああ、と頷いて
「澪(みお)、健二さん、藍さん」
一人ずつ指差して教えてくれた。わたしは口の中で数回繰り返して、三人に向き直った。
「澪、健二さん、藍さん、ありがとう」
そう言って頭を下げると、三人はそれぞれにどういたしまして、なんともなくてよかった、と口にして笑う。
「そうだ、あなたのお名前はなあに?」
「水月」
わたしが答えると、澪はうんうんと頷いた。
「水月かあ。いい名前だね」
「うん。みんなもいい名前」
私がそう言うと、みんなありがとうと笑った。水月だけは、少し寂しそうな笑顔だった。
「さあ、それじゃあそろそろお夕飯にしましょ」
藍さんがそう言って、みんな立ち上がる。差し出された澪の手を取って、わたしは部屋から出た。
夕食を食べて、お風呂に入って。夜は無理を言って澪と一緒に寝て—朝は澪が先に起きた。澪が学校に行ったら健二さんと藍さんもお店の準備をしだすからわたしは暇になって、二人の仕事を眺めたり景色を眺めたりして澪を待つ。そして澪が帰ってきてお店の時間が終わったら、思う存分澪と一緒に過ごす。そんな生活を何度か繰り返しているうちに、いつのまにか五月が終わり、雨の多い季節に入っていた。
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