4章 昼休みは鮮やかに
テストがどんどん近づく六月初め、私はいつも通り裏庭に来ていた。ゴールデンウィークなんて遠い昔な気がする。暖かくなってきた裏庭でいつもの場所に腰を下ろして、すくすくと育っていく花を見つめる。小さかった芽はそろそろ五十センチ近くはありそうだ。
今年が高校最後の年のはずだが、何事もなく日にちは進んでいく。
受験の実感が無いのもあるが、毎日の生活に変化が無いのも大きいかもしれない。
「あぁ、そうか」
変化はあったか。ふと思い出して、座っている場所を少しずれた。
初めて一緒に昼ご飯を食べてからあいつは毎日来るようになった。
まだこの花壇に二人分のスペースを開けて座ることに違和感がある。一人で食べていた時間よりも、二人並んだ時間の方が長いはずなのに不思議なもんだ。
環境に慣れると時間が過ぎるのが速いというのは本当かもしれない。
「あ、午時ちゃーん! 待った?」
「そりゃ、二人で十分ずれて教室出るようにしてるんだか待つだろ」
周りにバレないようにってアンタが遅く来て先に変えるって二人で決めただろ。
「いや、そうじゃなくてね? そこは全然待ってないよって言うべきところでしょ?」
「それカップルとかの奴だろ」
馬鹿なことを言うこいつも上手くやっているようで、放課後に体育館裏で姿を見ることは無くなった。薄情だと思う奴もいるかもしれないが、私はそうは思えない。
虐められた恐怖を持ちながらも私と昼を一緒にご飯を食べたり、放課後は参加しなかったりとこいつなりに抵抗をしてるんだろう。
「「いただきます」」
特に示し合わせることもなく同時に挨拶をして食べ始める。
私がムグムグとパンを口に入れていると目が合った。
「最近どう?」
「だからなんだよ。その遠距離恋愛しているカップルみたいな会話は」
これと全く同じ質問を毎日される身にもなって欲しいもんだ。
「いいじゃーん。教えてよ」
「別に普通だよ。朝来たら机とか椅子に落書きがあったり、座ってたら蹴られて机の上の物が落ちたり、週に三回ぐらい呼び出され殴られたり蹴られたりするだけだ」
「いやっ、それ全然普通の学校生活じゃないからね⁈」
うん、知ってる。私だってこれが一般的な高校生の生活だとは思ってないが、私の中ではこれはもう日常だ。
「最近、部活が大変なんだよね~。毎日家帰ったらすぐ寝ちゃうの。速くテストの一週間前になって休みにならないかなぁ」
聞いてもいないのに話し始めたそいつに溜め息が出る。
「部活は何入ってるんだ?」
「バレー部! ボールって案外痛いくてさぁ、腕とか今でも真っ赤なんだよー」
「ちょっと見せてみろ」
私がそう言って、手を出してやると口をポカンと開けて固まってしまった。
「おい、どうした。いいから手、みせろって。赤み止めの薬塗ってやる」
私がそこまで言うとやっと、現世に戻ってきたようで慌ただしく動き出す。
「いやぁ、そこまでしてもらうのは申し訳ないよ」
「気にすんな。私からしたらアンタに勉強を教える方が苦痛だ」
「ひっどッ!」
事実なんだから仕方ないだろ。科目によっては高校一年生の範囲から教えることになる私の身にもなってくれ。ギャーギャーと不満を口にするのを黙らせ、腕を掴む。
私のよりも色白でつるりと滑るような感触の有る腕だ。指先から順に見ていくと、確かに肘の辺りが不自然に赤く染まっている。バックから取り出した薬を指に乗っけて、肘の辺りに付けると、ピクッと体が跳ねた。
「すまん、冷たかったか?」
「ううん、大丈夫」
肘に乗った薬を染み込ませるように伸ばしていく。たまにピクリと跳ねる体に戸惑いながらもなんとか塗り終えることが出来た。
「終わりだ。少しすれば痛みとか赤味が引く」
「ほへぇ~、ありがとう」
そう言って口元を綻ばせたそいつをできる限り視野に入れないようする。
「まだまだ、咲かなそうだな」
「へ?」
正面の花壇を指さす。
「花だよ、花」
そこには、まだつぼみも付けていない緑色の茎だけがある。
「確かにね。そろそろ一か月経つけど全然つぼみとかできてない」
「テスト前には咲くと良いな」
私がそう言うと、大袈裟に首を縦に振った。
「あ!」
「どうした?」
少し驚きながらもなんとか返すと隣の奴はバックを漁っていた。
「今日は、午時ちゃんにプレゼントがあるのです~」
「いや、別に要らないよ」
「なんで、そんなこと言うの! せっかく作ったんだから貰ってよ。はい、これ」
そいつの掌に載っていたのは小さなクマの人形だった。クマの手に持たれたプラスチック製の花弁? が両目を塞いでいて珍しい。
「そのクマが持ってる花はね、ブーゲンビリアって言うんだぁ。花言葉は『盲目的な愛情』。素敵じゃない?」
だから、花で目が遮らてるのか。ちょっと重い気もするが。
「よく考えられてるな」
「まぁ、実際は『盲目的にならずにいろんな視点を持て』って意味で渡されるらしいんだけどねー」
「取り敢えず、花がスノードロップじゃなくて良かったよ」
私が意地悪に言うと意味が伝わらなかったらしく首を傾げている。
「え、何その花?」
「花言葉は『貴方に死を』ってやつだな」
聞いた瞬間にそいつは、飛び込むような前傾姿勢を取った。
「いや、そんなの渡せてないでしょ! 当たり前じゃん」
「悪い悪い」
手をヒラヒラと振って謝ってから人形を差し出す。
「いやー。嬉しいけど、受け取れないな」
私がそう言うと、少しほっぺを膨らましてきた。
「えー、なんでよ!」
「仕方ないんだよ。今、受け取っても放課後にどうなるかわかんない」
一瞬で空気がハウリングする。遠く離れた友人と電話をしている時のような独特の重みが広がった。しかしそんな二人の間の空気は隣の奴によって直ぐにかき消された。
「じゃぁ、さ。今日の放課後一緒に帰ろーよ。私も部活ないし!」
ニコリと見つめるその顔に胸が跳ねた。
「多分長いぞ」
最後の抵抗で言ってみたが、どうにもダメみたいだ。
「いいの! 私が渡したいんだから!」
澄み渡った素敵な目で見つめられると、私が嫌がらせをしているみたいで落ち着かない。少しの沈黙の後、結局折れたのは私だった。
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