最後の気持ち

 俺はスキップをしながら校門を抜ける、伊勢地に部の延命ができたことを伝えるために。

 

 伊勢地のマンション、エントランスの手前俺はいきなり腕を掴まれる。


 掴まれた腕の先を見るとそこには那珂さんがいた。


「こんにちは詩織くん、ナナに用事かな?」


 この人はいつでも伊勢地の家にいるのだろうか。


「はい、ポーカーの勝負に勝ったので」


「君さあ、いつまでナナの言いなりになるつもりなの?」


 その言葉は頭にとてつもない衝撃を与えてくる。


「いいなり?ですか、そんなつもりは全く」


「いいや、気づいているけど気づかないふりをしているんでしょ」


「違いますね」


「いい加減離れてあげなよ、あの子から離れることはないんだから」


 エントランスの扉が開き、外から冷たい風が流れてくる。


 その風は沈黙を埋めるかのように俺には感じ取れた。


「ナナは、あなたのことが好きだ」




 そして一呼吸を置く那珂さん、口元から白い息が溢れる。




「そして君は、ナナのことはただの友達だと思っている、けれども積極的なアプローチに答えられない申し訳無さから、感じる必要のない罪悪感を感じて」


 俺は何も答えられない。



「さっさと離れればよかったのに、まあそれも含めて君かもしれないね」




 俺はただただ黙り込む、何も言葉が浮かばない。


 ただ、振り返ってみる、そうするといかに伊勢地に残酷なことをしていた、しているのかをひしひしと感じた。




「私は、ナナはもちろん詩織くんのことも助けたい、このままだとどっちもいい思いしなさそうだしね」




 那珂さんの言葉は耳に届くが脳みそにまでは達していないのだろう。


 俺には決断する必要があるのだろうか、それともこのままいつまでも伊勢地の行為に漬け込んだようなことをしていてもいいんじゃないかとも感じてくる。




 瞬間記憶が蘇る、真夜中の公園でブランコを漕いだとき。


『詩織君はまだまだだね、僕のほうが高くこげるのさ、そしてほら』


『高く飛べるんだ』




 この言葉は単なる自慢だったのだろうか、いいや多分違うだろう、伊勢地は離れてほしいんだ、離れてほしいけど離れてほしいそんな思いがせめぎ合っている中俺がなんと言おうと自分は大丈夫そういった思いがこもっているのだろう。


 いささか、遠回しすぎるかもしれない。


 だけど伊勢地はそういうやつなんだ。




「気持ちの整理はついたか」


「はい」


「直接はやめておきな、どっちも泣き出して収集つかなくなりそうだ」




 そうして俺は携帯を取り出す、誰にかけるかは決まっている。


「もしもし、部長部活をやめさせていただきます、このあと退部届を提出してきます」


 一呼吸おく、大丈夫声は震えていない。




「部員のうちに報告をと思いまして、楽しかったですありがとう」




「うん、ありがとう、僕いや私も狛君との部活動楽しかったよ」


 電話はどちらもなかなか切ることができず無言が支配する。


 いつまでもこのままではいけないそう思い俺は俺から電話を切った。




「さあ、詩織くん学校に行こうか」




 学校までの道のり那珂さんは何も聞くことなくただ無言で隣を歩いていた。


 それが最大限の心遣いだと感じ感謝しているのだった。


 学校に行き退部届に必要事項を書き提出する。





校門を出るそこにはコンビニの袋をぶら下げ那珂さんが待っている。




「お疲れ様、うちの家来ない? 今夜は飲み明かそうよ」




 俺は黙ってうなずくのであった。










こうして、狛犬から獅子になった俺は離れることができなくなった。

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