【選択は君次第】 【終】
「一週間前に起きた殺人事件。被害者は20代の女性。死因は胸部の損傷による出血多量。心臓への刺し傷が一つ。他に目立った外傷は無かった。遺体はソファに仰向けにされた状態で発見された。第一発見者は小学校からの友人…と。知り合いかい?」
「ええ。」
「そうか。ショックだろうね。
こんな形で友人を2人も失うとは思ってもみなかっただろう。」
「…。」
奥にいたマスターは目を覚ましたようだった。さっきまで眠りこけていたのに、すぐに厳めしい表情をして厳格な雰囲気を装うとしているのが滑稽だった。
「凶器は遺体のすぐそばに落ちていたが、指紋は確認されず、DNA鑑定でも何も発見されなかった。死亡推定時刻は遺体が発見されるおよそ5時間前。不審な人物の目撃情報はなく、人間関係や金銭面でのトラブルも確認されなかった。まさにお手上げだ。本当に何の手がかりも見つからなかったからね。このままお蔵入りかと半ば諦め欠けていた所に君からの電話だよ。『事件の犯人を知っている。話を聞いて欲しい。』ときたもんだ、そりゃあ飛びつくとも。 …まさかこんな結末になるとはね。」
「…決めていた、ことですから。」
「決めていた、ね。まさか『あなたにとって、自分らしさとは何ですか?』、なんて話をされるとは思ってもみなかった。その手の話はなかなか付き合ってくれる人がいなくてね、ついつい話しすぎてしまったが、あれで良かったのかい。」
「ええ。まあ、運試しのようなものですよ。」
実際どんな返事が返ってきても真実は話すつもりだった。だが投げやりに返してくるようなら10分で済ましていた。人には向き不向きがある。長話を得意としないなら仕方ない。その点でいえば彼は100点だった。
「ありきたりな質問だが、なぜあんなことを?」
「それしか僕は選べなかった、からですね。」
「遺体には争ったような痕跡は無かった。寝込みを襲ったのかい?」
「いいえ。」
「ならどうやったんだい。」
「話をしただけです。殺させてくれって。」
「彼女はなんて答えたんだい?」
「いいよって。それだけでした。」
「断られたらどうするつもりだったんだい?」
「冗談だって言って誤魔化して、俺が死ぬつもりでした。
もともとはそういう気でいました。遺書も準備していました。
部屋も後は引き払うだけでした。」
あの時は本当に驚いた。だけども、奇妙な納得があった。
苦労してきたのだろうな、と思った。何があったのかは全く知らない。
いろいろなものを諦めた目をしていた。
きっと、俺も同じ目をしていた。
「彼女は最後に何か言ったかい?」
「家族に。謝っていたって伝えてくれって。それだけです。」
本当はほかにもあった。墓場まで持っていくつもりだった。
「そうか。…君は、これで良かったのか?」
「ええ。…いつだって、最善は選べませんでしたけどね。
でも、うん。いいんです、これで。」
「わかった。僕は警察官の使命を果たす。
僕がそれを選んだ。君は、それを選んだ。そういうことかい?」
「はい。…一つだけ、覚えておいてくれませんか。」
「ああ。何だい?」
「 “人間は自由の刑に処されている” ってことですよ。」
「サルトルか。…ああ、覚えておくとも。
所までご同行、願えるかな。」
「ええ。行きましょうか。」
会計を済ませた。特に上手くも不味くもない珈琲だった。
またこよう、とは思わなかった。きっと次に来る頃には潰れているだろう。
やたらと重い扉を開ける。狭い路地を抜けて、大通りに差し掛かる。
商店街の時報が15時を知らせた。
天気が良かった。8月の中旬、雲一つなかった。
突き抜けるような青空だった。
【終】
自白 @Islandroadstar0808
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