【ただ、それだけのこと ②】

 何もかもを愛し、愛した全てを否定するのは、自分の行動も感情も例外ではなかった。かつての自分の知能が優れていたことを誇らしく思いながら、井の中の蛙の戯れ言だと侮蔑した。頭痛を抱えて生きる自身を哀れみながら、もっと辛い目に遭っても遙かに立派に生きた人々を思って恥ずかしくなった。誰より自分を愛して、誰より自分を憎んでいた。

 「その苦しみをみんな抱えて生きているんだよ、お前一人が特別なんじゃないさ、超能力者気取りかい?」とまた嘲笑った。

 「そういう風に自分を客観視したつもりになって、賢い人間ぶりたいんだろう?」

別のところからまた声がした。

 「裏の裏を書いたつもりかい?生憎そんな三文芝居は通用しないよ。

どこまでいっても見栄っ張りだね」

 「おっと、その手は通用しないぜ。自分を卑下して被害者ぶって。とんだ詐欺師だよ」

 「詐欺師ですらないよ君なんか。自分一人も騙せない」

 「無能ぶってもどうしようもないぞ。お前は力があったのに何もしなかった」

 「力があることは否定しないんだね。本当はたいしたことなかったくせに」

 「」

 「」

 「」

 「」

誰に許されたとしても、自分が自分を許さなかった。








 それでも、ただ一つだけ、どうしても否定できなかったものがあった。

十年来の知己を愛して、否定した。家族を愛して、否定した。自分を愛して、否定した。

それでも。


彼女だけは、否定できなかった。



 一度は確かに疑った。地面に背中がつく前の話だった。しかし疑ったのはその発端であり、そのものを疑った訳ではなかった。疑えなかった。自分の心臓を自分で引き千切るようなものだった。そのうちに荷物はこぼれ落ちていって、殆ど空っぽになった心の中で、それは瞬く間に広がっていき、遂に全てを覆い尽くしてしまった。自分から別れを切り出せなかったのは利己心だけではなかった。己の存亡がかかっているといっても過言ではなかった。諦めるという発想は端から無かった。何一つ終わってなどいなかった。別れても何も変わらなかった。想いはこれまで通り膨らみ続けていた。狂気とも言うべき一途だった。明らかに一般のそれとは異なっていた。質が違っていた。一種の信仰と化していた。かといって神格化された訳でもなかった。紛れもない平々凡々な人間だと理解していながらその狂気のままに崇拝していた。一人の人間の自己がただ一つの狂気において支えられていた。

 その狂気のままそれでも冷静で冷ややかだった。これが最も異常だった。己の一途が実りはしないことを知っていた。彼女にとっては単なる青春の1ページに過ぎなかった。二人の人生がもう二度と交わらないことを誰よりも分かっていた。それでも信仰は終わらなかった。想いは受取手のいないまま押し込められていくばかりで、それを自分で解決する術はどうしたって見つからなかった。探してすらいなかった。

気付いた頃には、何もかもが詰んでいた。

  



恋をしていた。

恋をしていた。

恋をしていた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。

愛していた。





「そうして、彼女を殺したんだね。」

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