第11話 住民からの知らせ

 降った雪が積もることはなかったようだ。


 夜を越えて朝を迎えて、庭先に出てみても辺りの景色には何の変化もなかった。


 外に出れば寒いものだけど、それよりもそれとは別に、その日は朝から妙な気配を感じて肌がピリピリしていた。


 その直後だ。


 近くの村の住人から、不気味な声が聞こえたとの知らせを受けた。


 そこの村で何か問題が起きたら知らせて欲しいと伝えていた。


「王子、行くよ」


「はい。何処へでしょうか」


 朝食の片付けを終えた王子が私のそばに来たから声をかけた。


「村の人の問題解決に」


「えっ、僕もいいのですか?」


「ちょうどいいから、村の人がどんな生活を送っているのか見ておいたら?」


「はい。エカチェリーナさんがそう言うのなら、是非」


 王子はやたらと張り切っている様子だ。


 そんな王子を引き連れて、歩いて村へと向かった。


 家から村へは、小一時間程森を歩いていく。


 飛んで行ってもよかったけど、王子を歩かせることが目的だった。


 森の様子をじっくり見てもらうつもりで。


 しばらく歩くと、木々が途切れて、幾つかの簡素な建物が見えてきた場所がそうだ。


 村は石垣にグルリと囲まれている。


 それは、魔物避けの効果もあり、人の目からも隠されている。


「わぁ……こんな近くに村があるって知りませんでした」


 門をくぐると、王子は辺りを見渡していた。


 どこも平屋建ての建物ばかりで、二階以上のものはない。


「ここはルファレット。ここの村だけは領境が曖昧で、領主がわからないの。不思議よね」


 それを伝えれば王子が混乱することはわかっていた。


「えっと……僕の勉強不足で……そんな事があり得るのでしょうか?」


「貴方の住むルニース王国ではあり得ないと思うよ」


「それはどういった意味で……」


 王子が尋ねかけたところで、私達に近付いてくる人がいた。


「ひーさま」


「ばぁや、変わりはない?あれから体調はどう?」


 赤子の頃から私のことを知っている数少ない人だ。


 もう結構な歳で、年齢の現れが体のどこを見てもわかる。


 これ以上苦労をさせたくはないと思っているけど……灰色の瞳が心配そうに私を見ていた。


「はい。ひーさまがくださった薬湯がよく効きました」


「良かった」


 一時は咳が止まらなかったけど、私が調合したものが効いたようだ。


 この知識を授けてくれたことだけは、お師匠様に感謝している。


「ひーさまこそ、お変わりはありませんか?」


「うん」


 ばぁやは私の両腕に手を添えると、上から下まで確かめるように視線を動かしていた。


「そちらの少年は……?」


 そして、最後にやっと私の隣に意識を向けた。


「うちの居候だから、気にしないで。私の弟子で助手。それよりも、話を聞かせてくれる?どうしたの?」


 私に連絡をくれたのはばぁやだ。


 この村に大人はほとんどいない。


 大人は皆女性ばかりで、その中の最高齢がばぁやとなる。


「お知らせした通り、昨夜のことです。それはそれは恐ろしい呻き声が聴こえて、特に子供達は不安で眠れなかったようです」


「私の家には聞こえてこなかったから、気付くのが遅れて不安にさせたね」


「ひーさまが心を痛めることではありませんが、すぐにお越しいただきありがとうございます」


「風向きの関係ではないと思うから、多分、地面から聞こえているのだと思う。地面を探してみるよ。ばぁやは家で休んでて」


 疲れさせては困るからと、ばぁやをすぐに家に戻して村の出口へと足を向けると、今度は元気良く駆け寄ってくる小さな人影があった。


「おねぇちゃん!」


 小さな子供達がわらわらと集まってきた。


 孤児院の子供達だ。


「おねぇちゃん、今からトカゲ退治に行くの?」


「まだトカゲって決まってないだろ!」


 女の子の言葉に、男の子が反論している。


 ここにいる子達は王子よりも年下だ。


 厄災当時は、まだ乳幼児だった。


 私を見つめる小さな瞳に語りかけた。


「退治するかはわからないけど、様子を見に行くよ。だからみんなは家の中にいてね。お母さんや先生を困らせてはダメだよ」


「「はーい」」


 みんな素直だ。


 いくつもの元気な声が重なって、子供達に見送られて今度こそ村の出口へと向かった。


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