第10話 遠き日の思い出
王子がここに来て、幾日か過ぎた。
すっかりここでの生活に馴染んだ王子は、積極的になんでもこなしている。
「エカチェリーナさん、空から何か降ってきました!」
そんな王子の声が庭先から聞こえたので外に出ると、薪を運ぶ途中でそこにいた彼は空を見上げていた。
よく見なくてもその正体はわかった。
馴染みのものがフワフワと落ちてきていたのだ。
「これは雪だよ」
「雪?」
王子は私の方を見て聞き返してきた。
「王都ではあまり降らないから初めて見た?そろそろ雪は終わりかと思ったけど」
本来ならもう降らないはずだから、これが今季最後の雪となるかな。
「これが……」
王都にいて、さらに引きこもっていたのなら、雪を初めて見たのも頷ける。
「エカチェリーナさん!雪って、冷たくて、でも味はしないのですね」
王子が降ってくる雪をつかもうと、腕を空に向けて伸ばしている。
その無邪気な様子がちょっとだけ微笑ましく思えて、同時に懐かしい記憶が呼び起こされていた。
「王子の誕生日はいつ?」
「えっと、あと少しで12歳になります。ごめんなさい。はしゃぎすぎました」
「別に。咎めたり嘲るつもりはないよ」
王子の想像とは別のことを考えていただけだ。
私も、今よりももっと幼い頃に王子と同じことをしたことがある。
故郷では、初雪が降る頃がちょうど私の誕生日で、幸せだった時を思い出していただけだ。
「僕から見たエカチェリーナさんは、数ヶ月だけ年上なのに、とても大人びて見えます」
「老けているってこと?」
「違います!」
「冗談だよ」
王子は、今度は困ったような顔をしていた。
また真顔で言ったからかな。
「あ、薪を運んでしまいますね。手を止めてすみません」
「別に急がなくていいよ」
そうは言っても、王子はさっさとやりかけのことを再開させていた。
本当に真面目でよく働く。
王子の背中を見送ってから家の中に戻ると、テーブルの上にはいつの間にかヴェロニカさんから手紙が届いていた。
多分、今しがた、外に出ている間に鳥が運んできてくれたのだと思う。
数日前に手紙を出したから、その返事かな。
封を開けて文面に目を通した。
“エカチェリーナのおかげよ!レナートが元気に過ごしているのを知って、ミハイルはとても感謝していたの!来年、学院を卒業したら本格的に忙しくなるから、これで何の心配もなくスムーズに準備ができるわ!ありがとう。さすが、私のエカチェリーナね!”
それを読んで、心中は複雑だった。
文面通りに読み取るなら、結婚して王太子妃となるヴェロニカさんが、妃として聖女として、公務が忙しくなるといった意味なら良いのだけど。
椅子に座ってテーブルに向かうと、作りかけの薬の調合を再開する。
夕食を作るために王子が戻ってくるまで、手元への集中は途切れることはなかった。
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