第9話 王子の気遣い

 王子が言葉の通りに美味しい夕食を提供してくれると、外は暗闇に染まり、今日という一日もほぼ終わろうとしている。


 あとは寝るだけという時間になって、コンコンとドアがノックされた。


 入ってきたのは言うまでもなく。


「エカチェリーナさん。これをどうぞ」


 コトっと、テーブルにマグカップが置かれた。


 なにやら白い液体で満たされており、湯気が立つ中、甘い匂いまでする。


「これは?」


 銀盆をもって得意げに立つ王子を見上げた。


 その顔は、褒めてもらいたくてたまらない子犬のようだった。


「僕が病んでいる時に、城の人が持ってきてくれた事があって、疲れた時に飲むものだそうです」


 ホットミルクに蜂蜜を垂らしたものか。


 気を利かせたつもりだろうから、ちょっとだけからかいたくなった。


「魔女に毒を盛るとは、君もなかなか肝が据わっているね」


 それを言った途端に、予想通りに王子は狼狽えていた。


「毒なんてとんでもないです!あ、まさか、魔女にとって蜂蜜は毒になるのですか?赤ちゃんに与えてはならないように」


「冗談で言った」


「あの、エカチェリーナさんが冗談を言う方なのはすでにわかりましたが、どうして真顔なのですか?」


「笑い方を忘れただけ」


「忘れるものなのですか?」


 最後に笑ったのはいつだったかも忘れたかもしれない。


 それはそれとして王子の反応が面白かったから、もう少しだけからかうことにした。


「王子」


「はい」


「魔女は死なないよ」


「え?」


「魔女は死ねない」


「死ねない?」


 私の言葉に、王子はまた瞬きを忘れて見つめてきた。


「命を保管する場所が別の所にあるから、魔女は殺されても死なないんだよ。もちろん、毒を盛られても。だから、魔女を殺す方法を知りたい?」


 最後は声のトーンを落として尋ねると、王子は顔を青くして首をぶんぶん振っている。


「でもそれは、言い換えたら、その方法を知らなければエカチェリーナさんはどんな危険が迫っても安全って事ですよね?それなら安心します」


「本当にそうかな?」


「違うのですか?」


「死にたくても死ねないのは苦しくないのかな」


「えっと……酷い怪我を負った時に、長い苦痛を味わうからとかでしょうか?」


 自分で言いながらも、王子はそれを想像して、また顔を青くしていた。


「それもあるかもだし、例えば、親しい人がみんないなくなってしまったのに、自分だけはいつまでも生きていなければならない。そんな時、王子ならどうする?」


「また自分の孤独を分かち合える人を探し、縁を紡いでいきます」


「そう。王子ならそうするんだね」


「エカチェリーナさんは違うのですか?」


「大切な誰かの代わりはいないよ」


「それは、そうですが……」


 そこで少しの間、沈黙が訪れた。


 先に口を開いたのは王子で、


「エカチェリーナさんの御両親は……?」


 それでどんな考えに至ったのか、遠慮がちにそれを聞いてきた。


「今はもういない事は確か」


「寂しい……ですよね……」


「そんな風に見えるのなら、そうなのかもしれないね」


 からかい半分で話し始めたことだったけど、どうやら少々重たい空気にし過ぎたようだ。


 会ったばかりの子供の王子とこんな話をして何がしたかったのか。


 自分でもよくわからないから、きっと意味なんかない。


「エカチェリーナさんは、僕よりも遥かに年上なのですか?」


「君よりも数ヶ月分、年上なだけだけど」


「そうですか」


 何故か王子はあからさまに安心していた。


「それならこの先、僕の努力で追いつけそうです」


「魔法の特訓をしないとだからね」


「はい!それもです!」


「蜂蜜ミルクをいただいて、もう寝るね。ありがとう」


「あ、はい。長居してごめんなさい。おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


 王子はささっと部屋から出て行ったから、机に置かれた蜂蜜ミルクを飲み干して、そして、ベットで横になるとさっさと寝ていた。


 余計なことを考えないうちに。

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