第6話 魔女の家

 この国の名は、ルニース王国。


 ルニース王国は聖女を王太子妃に迎え、さらなる繁栄の時代を迎えるだろうと確信していた。


 この国にとって聖女がどのような役割を果たすのか。


 ヴェロニカさんは乞われるままに、貴族を中心とした人々の病や怪我を癒している。


 その中の一人が王太子の元婚約者で、彼女と彼女の家族からは感謝されているとは聞いた。


 だから、禍根を残さずにヴェロニカさんと王太子が婚約したことは、あまり心配していなかった。


 私が住んでいる無の森と呼ばれている場所の向こう側には、帝国が存在している。


 数代前までは帝国は領土を広げるために周辺国に侵攻し、次々と取り込んでいった。


 無の森自体は広大な面積があり、それは国二つ分がすっぽり収まるほどだ。


 だから、ルニースは過去に侵略の憂き目に遭った事はない。


 無の森と呼ばれる場所は、今では多くの魔物が徘徊する場所と化しているけど、少し前は違った。


 何とか森から魔物が這い出ないようにしている状況だから、今はその問題の方がより深刻なのかな。


 行き場を失った者達が最後に辿り着くのが、この場所でもある。


 私がここに住む分には問題ないけど、ルニースが魔物の脅威に晒されるのも時間の問題なのではないかな。





 夜空の飛行の終着点、森に入ってすぐの、鬱蒼と茂る草木の間に開けた場所がある。


 そこに降り立ち、箒を手に持つと、物珍しげに周囲を見渡している王子に声をかけた。


「王子、家はこっち」


 踏み均してできた小道を歩いて行くと、家に続いている。


 その途中で王子が足を止めて、庭の隅を見ていた。


「あれは、何ですか?」


 王子の視線の先にあるのは、小さな石を並べているだけのささやかな存在だ。


「あれはね、お墓だよ」


 隠す事でもないので、教えてあげた。


 先に教えてあげたら、この王子なら粗末に扱うことはないはず。


「お墓?どなたのお墓なのですか?」


「あれはね、王子。私のお墓なんだよ」


「えっ?」


 王子はひどく驚いた様子で、そのまま表情が固まっていた。


 瞬きすることも忘れたようで、困惑しているのが手に取るようにわかる。


「冗談だよ」


 そして今度は、あからさまにホッとした顔を見せた。


 とてもわかりやすい子なのは、別に嫌じゃない。


「でもあれがお墓であるのは本当だから、うっかり踏んだりしないように気を付けてね」


「はい」


 面倒な事をヴェロニカさんに頼まれたとは思うけど、王子が素直な性格なのは嫌ではなかった。


 今度は足を止めずに家に入って扉を閉めると、やっとひと息つくことができた。


 やっぱり我が家が一番だ。


 カーテンを閉めている室内は、暗い。


 もう夜なのだから当たり前か。


 明かりをつけると王子はキョロキョロと室内を見渡している。


「良い香り……」


 どうやら、この香りの元を探しているようだ。


「王子の後ろ。ドアに吊るしているドライフラワーが良い香りを発しているの。私のお気に入り」


 ドアの方を振り返った王子は、吊るされた小さな花のドライフラワーをしばらく見上げていた。


「疲れたからもう寝る。王子はそこのソファーに寝て。喉が乾いたらお水はそこにあるの飲んでいいから。あとはまた明日」


「あ、はい。ここまでありがとうございました。お世話になります」


 頼りなさげに立つ王子の手に毛布を押し付けると、私は自分のベッドが置かれている隣の部屋に行って、ドアを閉めてさっさと横になっていた。


 深くは考えない。


 この状況と、これからの事を考えるととても疲れてしまいそうだったから、さっさと寝ることにした。


 今頃、ヴェロニカさんは何をしているのかな。


 あのニコニコしている顔を思い出して、心が重くなる。


 この思いがけない共同生活がどのように影響していくのか。


 それは、今は姿をくらませたお師匠様でもわからない事であるはずだった。

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