第7話 魔女の朝食
家に居候を迎えた翌日の早朝。
その居候がどのように夜を過ごしたのか特に気にしていなかったけど、いつも通りの時間に起きて、着替えて部屋を移動すると、王子は気を張っていたのかすでに夜明けと共に起きていたようだ。
「おはようございます。エカチェリーナさん」
私の姿を見るなり、姿勢を正した状態で何の邪気も含まない微笑みを向けてくる。
「おはよう」
誰かに朝の挨拶をするのは久しぶりのことで、なんだか変な感じがした。
「えっと……エカチェリーナさんは早起きなのですね。今から何か用事があるのでしょうか?僕に出来る事ならなんでもやりたいと思っています」
昨日の今日で、随分とやる気がみなぎっているようで感心した。
「うん。じゃあ、王子は朝食の前にまず薪割りね。したことある?」
「いえ……でも、やれるようになります!」
とても良い返事だ。
王子を連れて庭先に出ると、手斧を渡して作業の説明を行った。
それから時間は少し過ぎた。
「エカチェリーナさんは、普段は、何を、して、過ごしているのですか?」
汗をボタボタとたらして、肩でゼェゼェと息をしながら質問してきた。
病み上がりで体力も無いからキツイだろうに、王子は文句を言わなかった。
「……森を元に戻す方法を探しているよ」
「森を、戻す、ですか」
「そう。環境整備ってところかな」
「先を、見越しての、ことなの、ですね」
喋るのを諦めたらいいのに、体を動かしながらも、それから王子は私にいくつもの質問を重ねてきた。
キッチンでの火の使い方や、洗濯の仕方なども聞かれたから、王子の労働を眺めながら、言葉で説明を受けただけではどうせすぐには実行できないとは思いながらも、知りたいと思う事には答えていた。
自分の家に他人がいるのは面倒だけど、この王子を鍛えるのは悪くないか。
それこそ、私の初めての弟子かな。
「乗りかかった船だし、ここでの生活に少しずつ慣れて健康を取り戻していったらいいよ。あ、船ってわかる?この辺に川はあっても海は無いからね」
「はい。これからは、僕は……心が、強く、ありたいです」
「必ずしも、すべての障害に挑まなければならないわけではないよ。じゃあ、今日はこれくらいにして、朝ごはんにしようか。お疲れ様」
王子から手斧を受け取ると、着替えに行かせて、その間に私は朝食の準備を行った。
汗を拭いて着替え終わった王子は、さっぱりした様子で戻ってきたけど、朝食が並んだテーブルを見つめながら席に着くと、表情を曇らせていた。
「あの、エカチェリーナさんはお金に困っていたりしますか?」
「…………別に」
王子が言いたいのは、食卓に乗った食事の内容のことなのだ。
いつも食べているものを用意したのだけど、どれも調理せずに食べられるようなものばかりで、それをそのまま並べている。
どうせお腹に入ればなんでもいいと、面倒だからと、いつも適当にしていた。
その自覚はある。
本日のメニュー。
ただのレタスと、卵を割ってコップにいれたもの。
生でも食べられる卵だから、なんの問題もない。と、思うのだけど……
「もちろん、迷惑をかけている僕が贅沢をしようなどとは思ってはいません。ですが、これがエカチェリーナさんがいつも食べているものなのでしょうか?」
「……そうだけど」
「お金には困っていないのに、食べているものはこれなのですか?」
「うん……」
向かい合って座っている王子の顔が怖い。
何故、年下の王子に私が叱られているように感じなければならないのか。
「保存箱の中でかたくなっている干し肉やパンなどは、食べてもいいものですよね?」
「うん……おいしくないけど……」
王子は、卵が入った二つのコップを両手に持つと、立ち上がる。
「少しだけ僕に時間をください。料理は初めてですが、どうにかしてみせます」
何の根拠もないのに、初めて王子を頼もしいと思ってしまったのは何故なのか。
スタスタと移動した王子は私に背を向けると、キッチンで作業を始めた。
多分、王子には料理の才能があるのだ。
それから少しして、再びテーブルに並べられたものに驚いた。
卵と干し肉のスープ。
レタスは千切ってサラダにされている。
ドレッシングもかかっているようだ。
それから、
「パン……柔らかい……」
「少しだけ蒸し焼きにしました。スープに浸して食べても美味しいと思います」
ベチャベチャにならないように蒸すって、どれだけの技術がいるのか、初めてのことのはずなのに、やっぱり才能かな。
「ドレッシングは僕が作りました。オリーブオイルと塩とレモンと砂糖を使わせてもらっています」
だから、やっぱり才能があるんだって。
食事に無頓着だっただけで、美味しいものを食べたらおいしいと思うし、不味いものは不味いと感じる。
王子が用意した食べ物は、とても美味しいものだった。
「明日から役割を替えよう。私が薪割りをするから、王子はご飯を作って」
「薪を割って、ご飯も作ります。居候なので、それくらいします」
会った時とは違い、随分と王子を頼もしく思っていた。
「君には感心したよ。何か好きな食べ物はある?せっかくだから、希望があれば育てるなり買ってくるなりするよ」
「先程言ったように、居候の僕が贅沢を言うつもりはありませんが、食べ物ならトマトが好きです」
「トマト。ふーん。王子はトマトが好きなの?」
「はい。母の出身国がトマトの名産地なので」
ああ、そうか。
王子の母親は他国の出身なのか。
そういえば、名前の響きが少し異なるか。
「なるほどね。覚えておくよ」
押し付けられた面倒なモノからもたらされた、思いがけず美味しい朝ごはんを囲んで、これからの生活はそんなに悪いものではなさそうだと感じていた。
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