第4話 第二王子

 せっかくだからと城の中を案内したがるヴェロニカさんの申し出を丁寧に断り、目の前に出されたお菓子をつまみながら、座り心地の良いソファーに座って王子が戻ってくるのを待っていた。


 私の向かい側にはヴェロニカさんが座り、その隣に王太子が座っている。


 私と同じ席に着く王太子の行動には疑問を抱いた。


 平民の魔法使いなど放置できないと考えてのことなのか、ただ単に恩を感じてのことか。


 またはヴェロニカさんと離れ難いと思っているのか、王太子は待ち時間をこの部屋で過ごし続けた。


 その間、二言三言話しかけられたけど、ヴェロニカさんが代わりに応対していた。


 王子が戻ってきたのは、一時間余りが経ってからだった。


 放置状態にあった王族の身なりを整える時間としては、これは短い方に入るんじゃないかな。


「あの……お待たせしました……」


 久しぶりのお風呂に入ってさっぱりした様子の王子が、私の斜め前に座った。


 大きな窓から入り込む、明るい陽光の中で見るその姿に思う事はあった。


 王子は薄い金色の髪に、これまた薄い青色の瞳。


 11歳だからまだ幼さの残る容姿はしているけど、王太子に似て整った顔立ちをしていた。


 目の下には隈がくっきりと残っていたけど、清潔感あふれる姿に先ほど部屋で会った時の悲壮感は見られない。


 座った状態で姿勢を正した王子は、澄んだ瞳で私を真っ直ぐに見て言った。


「貴女は、エカチェリーナさんと仰るのですね。僕はすでにご存知とは思いますが、第二王子のレナートです。僕を助けてくれてありがとうございました」


 正確に言えばまだ王子を救ったわけではないけど、ここはまだ黙って聞き流す。


「レナート。お前の身に何が起きたんだ?」


 まず王太子がもっともな質問をした。


「ミハイル兄さん……兄上にもご心配をおかけしました。僕の記憶にあるのは5歳くらいからの事です。最初は、女の子達の踵の音が大きく聞こえてしまったことがきっかけでした。それから、甲高い声を聞くのが不快になって、どんな音でも頭がおかしくなりそうなほどに大きく聞こえて……」


「まぁ、それは、辛かったと思うよ」


 自分で自分が制御できずに、心も体も未成熟なのに、あらゆる音が聴こえるのだ。


 中には、随分と汚いもあったと思う。


「暗闇の中に一人閉じこもっても、大きな音は僕に襲いかかってきて……エカチェリーナさんが手を差し伸べてくれたおかげで、僕は陽の光の下に出る事ができました」


「それは良かったねと言いたいけど、私はこれから森の家に帰るよ」


 楽観的な雰囲気のところに水を差してしまうけど、伝えるなら早い方が良い。


「それは、僕は、どうなるのでしょうか?」


 私がここを離れたら……まぁ、元通りかな。


 どうなるのか理解したのか、私の顔を見て王子は青ざめている。


「エカチェリーナさん。ここに残ってはもらえませんか?」


「無理」


「何不自由ない生活を私が約束する」


「無理です」


 王子に続いて、王太子が前のめりになって懇願してきても聞く気はなかった。

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