第6話 夕暮

 街は穏やかな静けさが戻り黄昏色が辺りを包み込んでいた。

 暮れなずむ空は慌ただしかった1日の終わりを拒んでいるかのようだった。

 僕は彼女という娘を理解していなかった事に憤りを感じていた。

 結局、上辺だけしか見ていなかった僕は人として最低だった。


「暗い顔してどうしたのよ?」


 ご機嫌な彼女はいまだに笑顔を絶やさない。

 彼女はヒーローとしても立派だが人としての優しさだって兼ね備えていた。

 しかし僕はどうだろう…見た目が良いからと言って彼女を選び、格好が変だと言って一緒にいて恥ずかしく思う。

 彼女の様な人間に僕なんか向いていないのではないだろうか?


「僕が彼で良いのかな…?」


 彼女は深くため息をついた。


「あのね…何を思ってそんな事を言ってるか知らないけど、私はこの目でちゃんと確かめて久志を選んだの」


「見た目だって特に良くない!気が弱くて何時もオドオドしている!女の子は外見でしか判断しない!それが貴方よ…」


 酷くけなされている。

 僕の自尊心はもうボロボロだった。


「でもね…貴方にはたった一つだけ掛け替えのない良いところがあるじゃない!」


 その言葉に僕には思いあたる節が無かった。


「それはね…人のお願いを無下に出来ないところ…」


「そ、それって…良いところなの…!?」


 それは僕が気が弱くて、お願いを断り切れないだけだった。


「それはねヒーローの私にしたらとても大切な事だと思うの」


「私が憧れるものを貴方は持っているのよ…誇りなさい!」


 彼女は僕を元気付ける様に言った。

 やっぱり僕にはもったいないくらいの彼女だ。

 彼女の言葉に勇気づけられた。


「ありがとう…」


 僕は精一杯の笑顔で答えた。

 すると彼女は持っていたバックをガサゴソと探り出す。

 そして中から取り出したモノをにこやかに僕に差し出した。


「はい、プレゼント」


 それは奇麗に畳まれた衣服の様だった。

 僕は躊躇いながらもそれを受け取り広げて確認する。


「こ、これは…!」


 それは真っ青な全身タイツの様なスーツに赤いマントだった。

 スーツには胸のあたりにHというローマ字がデカデカと描かれている。

 もしかすると久志のHという意味なのだろうか?

 しかもこれを僕に渡してきたという事は着ろという事なのか?

 僕は広げたスーツを前にクラクラと眩暈がした。


「これ…着なくちゃ駄目?」


「もちろんよ…久志は下僕として私のお眼鏡にかなったのよ」


 光栄な言葉だが全く嬉しく感じられなかった。

 しかし人を外見で判断していた事をあれだけ後悔していた僕だ。

 この格好を否定しては元の自分に舞い戻ってしまう。

 着る事は良しとして何か誤魔化せないかと妥協点を探す。


「じゃあさ…この格好の上に普通の服を重ね着して、ピンチの時に脱ぎ捨てるのはどうだろう…?」


 またもや彼女は僕の言葉に深く考え込んだ。


「う~ん……………それカッコいいわね!」


 そう口にする彼女からは幸せそうな笑顔がこぼれている。

 夕暮の朱色に包まれ慈愛に満ちたその姿は天使の様に光り輝いていた。





               END


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私に傘は不要です 神社巡り @jinnjya

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