第32話 過去と帰還と

 十年も前の話になる。

 

 ———お願い、父を止めて!


 ゼツ村でローナと共に剣の修行……という名のただのお遊びをしていた時だった。

 鉄の巨人とそれを操る女の子が俺たちの前に現れた。

 魔族の女の子だった。悪魔の翼としっぽを持ち、強力な魔法を操る人の上異種の彼ら。人々から恐れられる彼女たち。そのはずなのにその魔族の女の子は弱弱しく泣いていた。


 ————行こう。


 鉄の巨人———〝オウカ〟に呼ばれた気がした。

 生まれつき魔力の制御が下手糞だった俺は、〝オウカ〟には向いていなかったかもしれない。だが、機神きしんは自らが選んだ人間しか乗せない。

 〝オウカ〟は俺とトゥーリとローナしか乗せず、〝権限〟という魔法を付与されている人間でないと乗れなかった。

 俺は、わがままを言った。

 とにかく、人のために戦いたくて———、


 ———今度こそ、俺たちは英雄に成るんだ。


 父、ソーガとその友達バリーの力になりたくて、〝オウカ〟の権限をトゥーリから譲ってもらった。

 そして、俺、父さん、トゥーリは魔族が作った三体の機神きしん———〝オウカ〟〝キッカ〟〝セイラン〟に乗り、魔獣軍団を操る魔王サタンと戦った。

 敵の魔獣を何百体も俺たち三人は倒した。そして———ソーガとバリーは魔王サタンの元に辿り着き、見事に討ち滅ぼした。

 たった一ヶ月の間の出来事だった。

 たった一ヶ月の出来事だったけど、戦いという命のやり取りをする場所だったけど、生きてる実感を持てた時間だった。


 とんでもない冒険だった。


 それから、ずっと現実世界で俺は腐っていたが、ようやくまた———冒険する決意が生まれた。


 そのきっかけをくれたのは———〝オウカ〟とローナだ。


 俺たちはまた———旅に出る。


 〇


 一夜———明けた。

 朝になり、ヴァランシア王国は徐々に活気づき始める。パンを焼く匂いが丘の上の公園にまで漂う。

「来ないですね」

「ああ」

 俺とローナは赤城白太を待っていた。

 ここで待ち合わせ、現実世界に共に帰る約束をしていたが、中々彼の姿が現れない。

「もう、行きましょう」

「……ああ、そうだな」

 これも、赤城白太の選択だ。

俺は自分がベストだと思った選択肢を提示しただけで、強制はできない。強制してしまうと、それは赤城さんの意思じゃなくなる。意志なき決意に意味なんてない。

少し残念に思いながらも、俺は待ち合わせ場所に背を向け歩き出した。

「お~い……! 待ってくれ~~~~!」

 男の人の声だ。

「赤城さん!」

 スカジャンを着た赤城白太が俺に向かって手を振っていた。

 俺たちの前に辿り着くと、ひざに手をついて全身で息をする。

「この格好じゃないと日本に帰った時に職質されちゃうだろ。僕は職質する側なのに……探すのに時間がかかっちゃってさ」

 異世界の鎧を置き、日本の私服警察の格好をしている。

「来てくれたんですね」

「ああ……百合のことは好きだったから、そんな肉親に挨拶の一つもしないで逃げ出すのはかわいそうだと思ってね。君の言う通り」

「ありがとうございます。白太さん」

「別に君がお礼を言うことじゃないだろう?」

 パチンと彼はウィンクをした。

 そうかもしれない。だけど、嬉しかったんだ。

 自分の言葉で人が動いたって言うのが心の底から。


 〇


 場所を変えるのかい?

 白太さんと合流した後、俺たちは移動を開始した。

 俺には一つの考えがあった。

「ここは———?」

 俺たちが現実世界に戻る場所。そこは———、

「キバ君、どうしてここに?」

 巨大なドーム状の空間に、枯れた木が中心にある場所。

 ユグドラシルの塔の世界樹の間だった。

「二人ともあれは何だい?」

「あれは、世界樹です」

 ローナの質問に答える前に、白太さんが世界樹に近寄ったので、その疑問に答える。

「世界樹……? 本当に、こんなに小さいものが?」

「魔力を無理やり吸って、疲れ切っているんです。もう限界で今の魔法機械社会は一年以内で崩壊するらしいですよ」

「そんな……」

 世界樹が枯れかけていることを始めて知った白太さんは、愕然とした表情をしていた。

「その前に、崩壊させるためにここに来たんですけど」

「……? どういう意味だい?」

「こういうことです……!


 〝オウカァァァァァ—————————————————————————‼」


 拳を天にかざし、機神きしんの名を叫ぶ。

 足元に巨大な魔法陣が展開され、獅子を模した頭部と、荒々しい鎧のような真っ白な巨人が姿を現す。

「どうして〝オウカ〟を⁉」

「ユグドラシルの塔を———壊す」

「「はぁ⁉」」

「これがあるから、世界樹が枯れかけているのなら、壊せばいい」

 俺は心の中で〝オウカ〟に自分たちを導いてくれるように頼んだ。

 すると、〝オウカ〟の胸が輝き、俺たち三人は〝オウカ〟の胸のコックピットの中へと吸収される。

 初めて〝オウカ〟のコックピットの中に入る白太さんは困惑し、粘土質の壁に囲まれた部屋のような場所。恐らく魔力で作られた現実世界では存在しえない質感に、白太さんは戸惑った様子で触れていた。

「壊せばいいって……ユグドラシルの塔をですか⁉」

 白太さんは初めての〝オウカ〟のコックピットに先ほどの疑問を投げ捨てたが、ローナはそうではない。

 彼女は、信じられないと言うように動揺し、俺に疑問をぶつけていた。

「そうなれば、この世界のどれだけの人が困ると思っているんですか⁉」

「困るだけだろ? すぐに死ぬわけじゃない」

「でも……この社会は魔力によって守られている。保護されているような状態なんですよ。いきなり補助輪を外されるようなものです。そうなれば倒れてしまって、二度と立ち上がれなくなるかもしれない……」

「そんなことにはならない。倒れたら立ち上がればいい」

「そんな強さを持っている人は、もうこの世界にいません……」

 拳を握りしめて、悔し気に言うローナ。

「情けないことに……」

「強さっていうのは一人だけのものじゃない」

「え?」

「倒れたら、手を伸ばして助け合えばいい。補助輪がなくなっても、後ろから誰かが支えることはできるだろ。

 困ったら、助け合えばいいだけの話なんだよ。

 そうやって助けあって、人を信じて、自分を信じる。それが〝強さ〟なんだよ。自分だけの中にはないんだ。相手と自分の間にあるものがその人の〝強さ〟なんだ。 ローナが俺を信じてくれたから、トゥーリが俺を信じてくれから、白太さんが俺を信じてくれたから、俺は人のために強くなりたいと思った。だから、この世界の人たちも〝強く〟成れる。


 まずは、誤魔化しを捨てることから始めないと————〝オウカ〟‼」


 シシュ—————————————————————————————‼


 〝オウカ〟は応えるように全身から熱気を噴出した。

「どうするつもりですか?」

「ローナ、協力してくれ」

 今の俺に魔法は使えないから———。

「ハァ……」

 ローナは観念したようにため息を吐き、席の後方へ移動する。

 〝オウカ〟のコアだ。

 自分が魔法を使えない理由。俺はそれを本能的に理解していた。

 俺の魔力はビフレストの欠片を埋め込まれたせいで不安定になっている。それに半分は現実世界の非魔法世界人の血が混じっているせいで、元々魔力の調節ができない。普通はコアを通して〝オウカ〟に魔力が通り、魔法が発動する。それができない。

 だったら、誰かに調節してもらえばいい。

 トゥーリはそれをやっていたのだ。

「元々、こういう形で動かしていたんですよ」

 ローナがコアの中に入り、


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼


 〝オウカ〟が金色に輝く。

 鬣が光り、ボディに金色のラインが入り、魔力に満ちた姿に変質する。

「行こう————————————————」

 天へ向かって跳びあがる。

 〝オウカ〟の足元に魔法陣が広がり———音速で天へ向かう。

 暴風が巻き起こる。

「塔が……」

 一瞬でミストラルの塔は崩壊し、そのまま俺たちは天に昇っていく。

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