第33話 兄妹の時間

 〝オウカ〟の上空に光のゲートが出現し、そこに入ると気が付くと現実世界へと帰還した。

 まだ日が昇っていない。

「夜中か……」

「現実世界と異世界では時間の流れが全く違うんです。まだ一時間も経っていないはずです」

「そうだったのか……え? そうなると、現実世界での十年はあっちの世界では……」

「そのことは今は何も言わないでください」

 ローナに釘を刺されて黙る。

 現実世界の感覚だと爆速で異世界の時間は流れていることになる。そうなるとローナの歳は……、いやこれ以上は考えない方がよさそうだ。

「あれは……赤城の家か……百合」

 〝オウカ〟の足元には、赤城百合が眠っている。笹塚の赤城家宅がある。

「早く妹さんに会いに行ってあげてください」

「あぁ……」

 赤城白太と共に、俺たちは〝オウカ〟から降りる。

 玄関の前で赤城白太が全身のポケットを叩き始める。

「……何してるんですか?」

「玄関の鍵、持ってない。僕普段この家帰らないからさ」

「ああ……」

 そう言えば、白太さんは独り暮らしをしているんだった。

「俺も玄関を使って外に出たわけじゃないからなぁ……」

 異世界へ旅立った時、赤城家宅内でビフレストの欠片を使って跳んだ。だから、この家は施錠されたままだ。

「そうなんだぁ……チャイムを押して百合を起こすわけにはいかないし……ん? ちょっと待って。なんで君が玄関を使う? なんかこの家に泊ったみたいな言葉を使ったけど、もしかして……」

「そ、そんなことはいいですから! もうチャイム押しちゃいましょうよ! 一日中待つわけにはいかないですから!」

「そ、そうだね……」


 ガチャ、


「え?」

 赤城百合だ。

 玄関前でガチャガチャ騒いでいると、ジャージ姿の赤城百合が扉を開けた。

「真夜中に玄関前で、迷惑なんですけど」

 腕を組んで呆れた様に俺たち三人を見回している。

「声、聞こえてた?」

「ばっちりと。声大きいんだよ。兄貴は」

「そっか……久しぶり、百合」

「うん」

 なんか———ギクシャクしている。

 百合にとっては死んだと思っていた肉親が目の前に現れたというのに、随分と冷めた反応をしている。

「もしかして、白太さんがこの世界に戻ってきたことで、百合の記憶がまた何か変化したのか?」

「その可能性はありますけど……」

 ローナに耳打ちをする。ローナの反応は悪く、記憶が再編集された可能性は低そうだ。

「あのな、百合。お兄ちゃん。信じられないだろうけど、ちょっと死んでたんだ。それで、ずっとあっちの世界にい続けるつもりだったんだけど、戻ってきちゃった……

 それでさ、辛いけどお前の顔見たら全部どうでもよくなったっていうか……もうちょっと頑張ろうって思えたんだ。だから、一人暮らしし始めて疎遠になっちゃったけど、たまには食事にでも行かないか?」

 あ————。

 白太さんの心情に変化が出ている。

「いいけど、兄貴の居場所多分ないよ。死んじゃって、ヘンな外国人がこの世界の兄貴の場所に居座ってるから」

「え? 何それ、初耳なんだけど……」

 白太さんが俺たちを見る。

 そういえば、説明をしていなかった。

 パール・レッドソンという異世界人が今、白太さんの代わりに戸塚警察署に勤めていることに。

「まぁ……何とかするよ。いざとなったら、またこの家に帰ればいいんだし。それに警察に俺の居場所がなければそれもそれで、運命だったって受け入れればいいだけだし。何とかなるよ」

「そっか……兄貴がそれでいいなら、それでいいんじゃない」

「そうだよ……だから、その、普段こういうことは気恥ずかしくて言えないけどさ、異世界から帰って来てテンション上がったから、言うけど……、

百合も百合が〝それでいい〟って思えることをやれよ。我慢しないで」

「…………」

 赤城百合の瞳が揺れ、瞼が開かれていく。

 そして、じわじわと百合の瞳が白太さんの顔を捕え、

「兄貴?」

「子供だから、いろいろ我慢してるだろ? 百合が望むような力にはなれないかもしれないけど、そうなれるように頑張るから……吐き出したいときはいつでも吐き出していいんだぞ。家族だから……とか、そんな言葉で片付けたくないけど……百合のことが好きだからさ、繋がりを大事にしたいから、百合とこの先も繋がっていきたいからさ。できることはやりたいよ」

「…………そうなんだ」

 赤城百合は、白太さんから視線を逸らし、ゆっくりと震える手で彼の体を抱きしめた。


「おかえり兄貴」

「あ、た、ただいま……」

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