第30話 皆が絶望しているのなら、俺が希望に成ればいい。
現実世界も異世界も———どちらもクソなんです。だから、ご主人様は〝楽園〟を作るしかないんです。
そう、ローナは言った。
———一人で考えさせてくれ。
ローナから離れて、ヴァランシア王国の街を見て回る。
実はこの街に来たのは二回目だ。ゼツ村で生まれて、魔王を倒しに旅に出て、その後しばらくして現実世界へと旅立ったが、その時にヴァランシア王国で世界移動の魔法を使った。
思えば、その時に俺もローナもビフレストの欠片を埋め込まれていたんだろう。
それから十年後、新宿の街で再会した……。
「こんなになってるんだ……」
魔法の楽園。
ヴァランシア王国の街の風景はそうとしか言いようがなかった。
丘の上の公園で街の夜景を見下ろすが、地上が星空のように輝く。
夜でも眠らない街———。
現実世界よりも技術が発展した、未来的な世界だった。
「………」
公園の手すりに顎を乗せる。
この世界に来ても———できることは何もない。
「え、え~~~~~~⁉ やっぱり、君はもしかして、藤吠牙君か⁉」
男の人の声だ。
「どうしてあなたがここに———⁉」
そこにいたのは————赤城白太だった。
俺が救い漏らしたはずの、赤城百合の兄。動物の毛皮でできた鎧を付けて手には槍を持っているハンター風の格好だ。
「君と話していたら、気が付いたらここにいて……死んだ人はこの世界に来るって聞かされたけど」
「そう……なんです。赤城白太さんは俺たちの世界ではもう死んでます」
苦いことを、伝える。
「そっか……じゃあ君も?」
「いや、俺は……そうか! 赤城さん、赤城さんは帰れますよ元の世界に! 俺とローナは特別な魔法を使ってこの世界に来たんです。死ななくても帰れる魔法を使って! 赤城さんも同じように元の世界に戻ることができますよ! 一緒に帰りましょう、妹さんが待ってますよ!」
「百合のことか……? ああ、そういえば同じ学校だったね」
「赤城さん?」
妙な感じだ。
赤城白太は元の世界に帰れると言うのに、テンションは低めだった。
「妹さんに、赤城百合に会いたくないんですか?」
「…………」
赤城白太は俺の隣の手すりに肘をかけ、同じ夜景を眺める。
「僕はね。ヒーローになりたかったんだよ」
「ヒーロー?」
「ああ、ウチの家庭の事情は知らないだろ? 母親は政治家で父親は企業の社長。はたから見れば羨ましいと思える裕福な家庭だったんだ」
「だった?」
「その子供である僕たちはそんなこと全く感じなかった。母親も父親もレッテルが大事で家にろくに帰らず仕事ばかりしていた。子供をほったらかしどころか、夫婦関係すらもおっくうだったみたいで、父さんと母さんが会話しているのをろくに見たことがない。だから、僕はしっかりしなくちゃと思って、頑張って妹の世話をしたんだ。大人から助けてもらえなかった時、頑張れたのはヒーローがいたからさ。近所の交番に勤めていた……出世コースから外れた、頼りない人だったけど僕が困った時は親身に力になってくれて、荒れていた僕にとって本当にテレビで見るヒーローよりもカッコ良かったんだよ」
「だから———警察官になったんですか?」
白太は頷く。
「こんな人みたいになってみたいって……でも、ならない方が良かった」
そのセリフは———少なからず俺の胸に衝撃をもたらした。
「僕の憧れのヒーローは、汚職警官だったんだよ。経費を自分の私物に使ったり、ギャンブルに使ったりする。警察でありながら悪事に手を染めていて、品行方正な人じゃなかった。僕の中でのヒーローは、社会人としてはクズだったんだよ」
「…………」
「一時期は、絶望した。だけど、僕はもう警察官って道を選んじゃったから。日々生活するためのお金を得るのに、将来的に継続的にお金を手にするために————警察って道を進むしかなかった。惰性で続けていた。そうしたら、現実がわかってきた。
人は、頼れる相手がいればどこまでも甘える生き物なんだって」
「甘える?」
「警察って正義の象徴でどこまでも正しく優しくなければいけない。ちょっとでも冷たく間違ったことをしたら、警察ではいられない。社会が完璧を求めているからね。完璧じゃない警察官はいらないってすぐに切り捨てられる。いや、切り捨てられはしないんだけど……徹底的に叩かれる。心が折れるか、叩く人が飽きるまで。そして、まだ何も過ちを犯していない人がその席に座る。
綺麗なものしか展示できない展覧会で、展示物に傷がついたらどうなると思う?
新しいものか誤魔化したものしか存在しなくなるのさ。
それを組織でやったら傷をこっそり隠す人間か、全く経験のないまだ傷がついていない未熟な人間しかいなくなる。
少しぐらいの傷は受け入れないと、組織は弱体化する一方なんだ。それを気が付いても俺にはどうにもできない。どうにかしようとした瞬間、警察という組織から俺ははじき出される。世間が許してくれないだとか、そういう時代じゃないとか言われてね。
だから、僕は諦めた。
ヒーローでいることを諦めた。
いつか、誰かがこの世の中を変えてくれると信じて、それだけを希望に日々生きることにした。自分が嫌いな完璧主義でことなかれ主義の同僚と一緒に。
こっちの世界に来て気が付いたよ。僕は嫌悪していた父や母と同じ人間に成っていたんだ。世間を気にして、完璧な面を見せて、裏では何をやってもいいとストレスを吐き出して自分の好き勝手。
僕はもうそんな自分に戻りたくない。この世界だったら、僕はありのままの自分でいられる。自分が好きな———人に害なすモンスターを倒す。正義のヒーローになれる」
夜景を見つめる白太の瞳は輝いていた。
「そう、だったんですね……」
俺にこの人を攻めることはできない。俺も、同じ気持ちをずっと抱えていたからだ。抱えたままで何もしなかった。この人と同じ人種だ。
現実に押しつぶされて、何もできない。できるわけがないと思っている人間。
つまらない未来を———嫌だと思いながら、漠然と誰かが変えてくれると祈りながら何もしない。
そして、俺はそれを理解しながら———どうすればいいのかまだわかっていない。
自分なら世界を変えられるとか、やりたいことをするしかないとか、そういった言葉はいくらでも出てくるが、
自分の本当の言葉は———ない。
だから、赤城白太の言葉に同情することしかできない。
「でも……」
だけど、一つだけ———これだけは言えることがある。
「俺にも、ヒーローって呼べる人が憧れがいればよかったんですけどね」
「……ん? いない方が良かったよ。僕の憧れは幻想だったから」
俺の返答に、赤城白太は首をかしげる。
俺は異世界が侵略してきて、いろんな人に出会った。
義務と正義と倫理に基づいて現実世界を守ろうとしたトゥーリ。
現実世界に絶望し、異世界を求める赤城兄妹。
二つの世界に絶望し、新しい世界を作ろうとするローナ。
全員共通していることがある。
みんな、どん詰まりの世界を悲観し、一番簡単な答えに辿り着いているだけだ。
「だって、誰か先を行っている人がいれば、その背中について行くだけでいいんですから。それが例え間違った道でも———修正すればいいだけです」
「…………」
赤城白太が、黙る。
俺は———、
「俺は、俺は、これから道なき道を行くしかないみたいです。誰も切り開いていない道を行くのは———まず切り開くところから始めなくちゃいけないから、時間がかかるんすよねぇ」
苦笑する。
「藤吠君? 君は何をするつもりだ?」
「どっちの世界も救ってみます」
「どうやって?」
「わかりません。でも、なんとなくなんですけど、答えはもっと単純なんだと思うんです。どっちかの世界が滅ばなきゃいけないとか、どん詰まりの未来しか待っていないとかそういうんじゃなくて、
————ただの単純な気持ちの問題だと思うんです」
白太は肩をすくめた。
「君は結局現実を守るために生きるんだね。僕は君の行動を否定も肯定もしない。できない。僕はこの世界で何にも縛られない自由な自分に気が付いた。今はその生活を自分という存在が消えるギリギリまで謳歌したいとしか思っていない。君の選ぶ道の結果が、例え、この世界の滅びの道だとしても受け入れるよ」
「そうですか……受け入れるんですね————それじゃあ、とりあえず、帰りましょう」
「は?」
それまで無関心そうに振舞っていた赤城白太が、バッと俺の方を見る。
「夜が明けたら、俺とローナは現実世界に戻ります。その時に白太さんも一緒に来てください。現実世界に帰って、妹さんの顔を見て、そこから先のことはその後に考えましょう」
「え、えぇ~……僕はこの異世界で生きるって決めたって言ったじゃないかぁ~……だから、もう現実に戻ることは……」
「それを百合に伝えなくていいんですか? 自分で言ったじゃないですか。嫌いな家庭を顧みない両親と同じ存在になってしまったって。それよりも少しでもまともな人間であるって、百合に伝えなくていいんですか? 百合にやっぱりお兄ちゃんも両親と同じだって思われたままでいいんですか?」
「…………」
「じゃあ、夜明けにここに来ますんで。来なくても、こっちの世界での白太さんの家を見つけていきます。こっちにはローナがいるんですぐに見つけられると思いますから。じゃ」
顔じゅうに嫌だと書いてあったが、無視した。
夜景を見つめる白太を置いて、俺は丘の公園を後にし、異世界の夜の街を走った。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
ワクワクしていた。
俺には何もない。
ただ待っているだけの人生だった。
空っぽだった。
そんな自分がやりたいこととやるべきだと思えることが見つかった。そんな気がした。
大きなきっかけも、あこがれも、道しるべも何もない。
出会った人たちは———みんな絶望していた。
希望を持っている人はいなかった。追うべき背中も、道を示してくれた人もいなかった。
だが、藤吠牙という人間は正しいか間違っているかもわからない道を進むと決めた。
ただ———自分だけを信じて。
皆が絶望しているのなら、俺が希望に成ればいい。
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