第29話 ミストラルの塔
俺たちは巨大な塔のふもとに辿り着いた。
先端が天を突き抜けている空と地を結んでいるかのその姿————ミストラルの塔。
ローナはそう呼んでいた。
厳重にカギと鎖で施錠された扉。ローナはそのカギを開ける。
「中に入ってもいいのか?」
「私、こう見えても王女なんだけど?」
扉を開けて通路を進む。
白磁の壁に包まれた通路を———。大理石に近い素材なのか、かなり未来的な壁だった。
しばらく歩くと、とても広い場所に辿り着いた。
「ここよ」
ドーム状の空間。
その中心に枯れてしおれた木があった。
「あれは?」
「世界樹」
「あれが……⁉」
俺は驚愕した。
その木は俺の身長ほどにもなかった。茶色い葉っぱを両手で数えるぐらいしかつけていない。
なのに、今ある空間は東京ドームよりも広く————地面にびっしりと葉っぱが落ちていた。
本来は———この空間一杯に木の枝と葉が満ちていたのではないのだろうか……。
「枯れかけてる……」
いや、もう枯れているのかもしれない。
「魔力枯れ。無理に世界樹の魔力を吸い上げているから、世界樹はもう使い物にならなくなってしまった。
だから———私たちはこの世界を捨てる計画を立てた。それが世界改変魔法ユグドラシルによる、世界融合計画」
「世界を捨てる……? 使い潰して、いらなくなったら捨てるってことか?」
「そう……この世界は滅びに向かっている」
「そんな……」
「時期に魔力がなくなって、全ての生命が生きていけない黄昏がやって来る。そうなる前に現実世界を犠牲にして生き延びるの」
「そんなことしても、現実世界をまた使い潰すだけじゃないのか?」
「そうなったら、また別の世界を探してその世界を犠牲にすればいい」
ローナは笑っていた。悲しい笑顔だった。
「生き物って他を犠牲にしないと生きていけない生き物なんですよ」
「…………」
———上手く言葉にできない。できないが、ローナの言葉は間違っている気がする。
「言いたいことはわかりますよ」
枯れかけているローナの手が世界樹に触れ、葉っぱの一枚をちぎり、更にもう一枚をちぎる。
ローナの手元には二枚の茶色い葉がある。
「現実世界と異世界。対照的だと思いませんか? どっちも何かを犠牲にしてるんですよ?
現実世界は自分自身を犠牲にして———異世界は他人を犠牲にして繁栄を享受しているんです。
現実世界はその世界の人間を犠牲に———異世界は違う世界の人間を犠牲に———。
〝楽園〟っていうのは誰かが苦しまないと存在しえないんです。だから———キバ君、いえご主人様。あなたに新しい世界の主人になってもらいたいです。所詮誰かが犠牲になるのが世界の理だとすれば、逆に言うと〝誰かが犠牲になれば、誰かは楽な生活を享受できる〟ってことなんです。そのためには一度世界を壊す必要がある。
だから———世界を壊して、私とあなたで誰かの犠牲の上に成り立つ世界を作る。道はそれしかないんです」
ローナは、笑顔を向けていた。
目に涙をためたどこか追いつめられたような笑顔で———両方の葉っぱを握りつぶした。
「…………俺は、俺は!」
「言いましたよね、ご主人様。異世界からの侵略を退けたら、自分のやりたいことを決めるって、この世界に来るかもしれないって。
こんな世界に来たいと思いますか————?」
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