第37話、決意

 父さんが眠った後、俺はこっそりと純白の部屋に訪れていた。


 ノックをせず静かに扉を開けていく。


 部屋は真っ暗だった。

 そしてベッドの上には毛布を頭まで被り、丸くなっている純白の姿がうっすらと視界に映る。


 すすり泣く声が聞こえた。きっと泣いているのだろう、純白の顔を見ずとも分かった。


 扉を閉めて部屋の電気をつけて俺は純白を呼んだ。


「純白」


 返事はない。

 しかし俺は構わず妹の元に歩み寄っていた。


 そしてベッドに腰をかけてもう一度名前を呼ぶ。


 すると純白はゆっくりと毛布から顔を出した。


 目元を赤く腫らしている純白は俺の顔を捉えると、その瞳を大きくさせながら言葉を漏らした。


 それは弱々しい声で、震えた言葉だった。


「兄さん……ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 何度も謝罪の言葉を口にする純白。


 その姿があまりにも痛々しくて可哀想で、俺は純白の隣に座りながら優しく頭を撫でていた。


「純白は悪くないよ、大丈夫」

「違います……わたしが悪いんです……あの時、甘えすぎて……兄さんの事が大好きって気持ちが抑えられなくて……キスマークをつけたせいで、こんなことになって……」


「そんな事ないよ。それに父さんって勘が良いから、いつかは気付かれてた。あの事がなくても父さんは俺と純白を引き離そうとしていたはずだ。仲が良すぎるから心配して、これじゃダメだって、俺を一人暮らしさせようと考えてたんだと思う」


「でも……でも……あれがなかったら、まだ一緒にいられて……それで……もっといっぱい思い出を作れて……そしたら、そしたら……っ」


 純白は涙を流しながら必死に訴えてくる。俺ともっと一緒に居たかった事を、そして俺との別れが嫌だと、悲しさと寂しさを溢れさせる。


 そんな純白の頭を撫でながら、俺もまた想いを口にした。


 今まで言えなかった事を全部、ちゃんと言うんだ。そうしなければ後悔してしまうから。


 俺は純白の目を見て、涙を拭いながら伝える。真剣に、真っ直ぐに。少しでも純白を安心させたくて、慰めるように優しい口調で。


「俺はね。純白の事が大好きだよ、妹としての純白だけじゃなくて、一人の女の子としての純白が大好きだ。お兄ちゃんとしてじゃなく一人の男として純白を愛してる」


「……ぁあ、にぃ、さ……」

「だから純白と離れるのは絶対に嫌なんだ。純白と離れ離れになんてなりたくない、ずっと一緒にいたい。この先もずっと、純白と一緒に幸せな時間を過ごしていきたいって本気で思ってる」


 その言葉に純白は顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をボロボロと涙をこぼしていた。


「わた……わたしも、にいさんが好き……いもうととしてじゃなく、ひとりの女の子として、にいさんが大好きです……でも、でも、わたし達兄妹なんです……幸せになれないって、分かってる……でも、でも……っ!」


 純白は泣きながら自分の胸の内を吐き出していく。


「それでも……それでも……! 離れたくない……っ、ずっと一緒にいたい……っ! あいしてるから……愛しちゃったから……っ、もうにいさんがいない人生なんて考えられなくて……わたしっ!!」


 嗚咽混じりに純白は自分の想いを言葉にして紡いだ。


 純白は悲しんでいる。家族だからこそ、兄妹だからこそ、どれだけ好きになっても、どれだけ想いが通じても結ばれないと思っている。


 その気持ちが痛いほど伝わってきた。

 

 俺はその気持ちを一度目の人生で抱いた。俺達はどう足掻いても結ばれる事は出来ない、どれだけ惹かれ合っても、恋をしても、結婚は出来ない、周囲がそれを認める事もない。


 そう思って俺は純白への想いを押し殺して、妹の幸せを願って、そして死んでしまいたいくらいの後悔をした。でもそうじゃなかった、俺はそれを一度目の人生で知ったのだ。


 だから伝える、もう二度と後悔しないように、もう二度と純白を泣かせないように、そして——今度こそ二人で本当の意味で結ばれたいと願いながら。


 俺は純白の手を握って、もう一度、心の底からの本心を声に出す。


 不安げに揺れている純白の瞳を見つめて俺は言う。


「純白は幸せになれない、って言ったよな。父さんもそう言った。だから俺達を引き離そうとしている。だけどな、それは間違いなんだ」

「まち……がい?」


「その逆なんだ。俺達は絶対幸せになれる、一緒にいれば誰よりも、何よりも、一番幸せになれるんだよ」

「わたしたちが幸せになれる、絶対……」


「そう。むしろ離れ離れになった方が不幸になるんだ、二度と治らない心の傷が出来て、死にたいくらい後悔して、ずっと一緒に居られるようになりたいって、もう一度人生をやり直したいって願ってしまう。そんな残酷な未来が来てしまう」


 それは俺自身が一番よく知っている事だ。一度目の人生で抱いた後悔、そしてやり直したいと強く願って、それが叶ったからこそこうして言えること。


「いいか純白、聞いてくれ。父さんは俺達の事を思っているからこそ、俺達の将来を考えて、幸せを願って引き離そうとしている。それは間違いないよな?」

「はい……いじわるしたくて離れ離れにさせようとしてるわけじゃないです……わたし達に幸せになってもらいたい、って……だから」


「そうなんだよ。結局は俺達の為にやろうとしてる。でも父さんは勘違いしてるんだ。俺達は不幸になんてならない。俺と純白が傍にいる事が、何よりの幸せだって事を見せつけてやればいいんだ。本当に父さんが俺達のことを考えてくれているなら、きっと分かってくれる。俺と純白が離れる理由なんてなくなる。そうだろ?」


「わたし達が一緒にいる事が一番の幸せだって……お父さんに証明する……」


「ああ。俺と純白を待っているのは不幸な結末じゃない、最高のハッピーエンドだって事を父さんに分からせてやるんだ」


「でも……どうやって? 父さんはそんな簡単に認めてくれません……」

「そうだな、簡単には認めてくれない。でも方法はある、俺に考えがあるんだ」


 俺は純白の涙を拭いながら微笑む。絶対に大丈夫だと純白を安心させたくて自信満々に答えた。


「父さんがあっと驚く凄い事をやってやる。そしてそれには純白の協力が必要だ、手伝ってくれるか?」


 その言葉に純白は頷いてぎゅっと俺の手を握りしめた。純白は目に溜まった涙を流しながら、嬉しさを噛み締めるように元気な答えを返してくれる。


「わたしに出来る事ならなんでもします……っ、にいさんと一緒に居られるならどんな事でもっ……!

「ありがとう、純白。やってやろう、俺達で。二人で幸せな未来を掴み取ろう」

「はいっ!」


 俺は純白と手を取り合い、決意を固める。


 この先にあるのは不幸な結末なんかじゃない、最高に幸せな未来が待ってるって事を父さんに見せつけてやるんだ。

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