第38話、作戦
父さんは俺に有無を言わさず、一人暮らしをさせるアパートの契約を進めていた。
入居するのは6月からで、それまでに一人暮らしを始める支度や心の準備をしておけ、という事だった。
今は5月の大型連休が始まった頃。俺が一人暮らしをさせられるまで一ヶ月程の猶予がある。
そして俺はこの一ヶ月の間に父さんを納得させて、純白と一緒に居続ける事を認めさせるつもりだった。
父さんは俺と純白が一緒にいれば不幸になってしまうと思っている。だから俺達を引き離したい。ならばその考えが間違いだと証明するのだ。
俺と純白は二人一緒ならどんな困難でも乗り越えられる事を、必ず幸せを掴み取れる事を見せつける。
その方法を俺は既に思いついていた。そしてそれを純白と共に行動に移している。
「兄さん……がんばりましょうね」
「ああ、頑張ろう。俺と純白の二人が力を合わせれば何が起こっても大丈夫だって父さんを安心させるんだ」
俺と純白はリビングのテーブルに教科書を並べて、中間テストに向けた勉強に取り組んでいた。
まず第一に。
俺と純白の二人で勉強を頑張って、中間テストで父さんが考えられないような高順位を取る。
中学校の時、俺達の成績は悪くもなく良くもなく実に平凡なものだった。そんな俺達が突然成績を上げてきたとしたら、父さんだってそれは無視出来ないだろう。
俺と純白の『一緒に居たい』という想いが幸せになる為の原動力になる事を、テストの成績という分かりやすい形で父さんに示すのだ。だから生半可な点数は許されない。俺達が一度も取った事のないような好成績を残す必要がある。
第二に俺はバイトを始めた。
お金を稼ぐ事は生きていく上で重要な事で、社会で生き抜く為に必要な能力だ。俺がちゃんと働いて純白を養っていける事を証明出来れば、それも父さんの考えを改めさせる判断材料になるだろう。
そして第三。
勉強とバイトを完璧にこなした上で家事についても一切の手を抜かない。
掃除洗濯料理、生活に必要な事を全て完璧にこなしてみせる。更に俺は自分磨きのトレーニングだって欠かさない、父さんに文句を言わせないように俺と純白の暮らしぶりを見せつけるのだ。
俺は純白がいるから頑張れる、純白も俺がいるから頑張れる。父さんに俺達を引き離す事がどれだけ不幸な事なのかそれを教えてやる必要がある。俺達の幸せを本当に願うなら、決して離れ離れにはさせていけない事を分からせる。
以上が俺と純白が考えた作戦内容だ。
これを実行する為に今こうしてリビングで勉強をしているのだが、テストの成績についてはかなり良い結果が出せるだろうと踏んでいる。
一度目の人生で勉強にのめり込んだ俺なら高校一年の、しかも最初の中間テストとなれば敵なし状態だ。勉強すれば勉強する程、俺の記憶に深く染み込んでいた過去の勉強の知識が蘇ってくる。
その知識量は高校生の比ではないだろう。更に二度と後悔したくないという想いが、俺にやる気を満ち溢れさせる。
教科書の内容がスポンジのようにどんどん吸収されていき、今度はそれを分かりやすく純白に伝える。
純白は以前から賢い子だ。
それでもテストの成績が伸びなかったのは、俺に甘えてばかりで中学の頃はあまり勉強をしなかったのが原因だ。俺も遊び呆けていたから、その影響もあって純白の学力は伸びなかったのだ。
だが今回は違う。
俺と純白が同じ目標に向かっている以上、俺達は必死に勉強を続ける。少しでも良い点数を取って父さんを納得させる為の材料にする為に力を合わせる。
この努力は報われるはずなのだ。
そして勉強を進めること数時間後……。
ゴールデンウィークという事もあって朝から夕方までずっと勉強を続けていた。
俺はちらりとスマホの時計を見る。
「そろそろバイトの時間だ。純白、行ってくるよ」
「はい、兄さん。でも無理しないでくださいね……朝は体力トレーニング、それが終われば勉強して、……それにわたしの為にバイトまで始めて」
「大丈夫だよ、純白。料理が得意だから喫茶店のバイトにありつけたし厨房に立つのは慣れっこだ。あ、それと純白が数学で苦手だって言ってた部分、昨日の内にノートにまとめて分かりやすい解説書を作っておいた。それとその苦手箇所で組んだテストも一緒にしてあるんだ。俺がバイトに行っている最中、それで復習しておいて欲しい」
「わたしの為にそこまで……本当にありがとうございます。兄さんがいない間、勉強も頑張りますし家事の方は任せてください!」
「ありがとう、純白。頑張ろうな、これからもずっと一緒に居ような」
「はいっ。わたしも兄さんとずっと一緒に居たい、だから全力でがんばりますっ!」
純白は瞳を潤ませながら笑顔を浮かべる。この笑顔の為に頑張れるのだ、絶対にこの作戦を成功させる。
俺は純白を軽く撫でてから玄関に向かう。
一度目の人生で俺は大学時代にずっと喫茶店で働いていた事がある。
バイトの面接で料理の腕を見せて欲しいと店長に言われた時、俺は一度目の人生で培った腕前を披露した。
店長はその様子に目を丸くして驚いていた。
そして俺はそのまま即採用になり、バイトを始める事になったのだ。
勉強、バイト、家事、それを全てこなした上で健康まで維持する。
父さんにはきっとそんな俺の姿が信じられないものとして映るだろう。
俺が純白の為なら何だって出来る事を証明する為にも気は抜けない。リスタートした二度目の青春、絶対に俺は純白と幸せになると決めたのだ。
そして玄関で靴を履いて、ドアノブに手をかける。すると後ろからパタパタと足音が聞こえてきて、俺の背中に柔らかな感触が伝わった。
振り向くとそこには純白がいた。
そして純白は優しい声音で俺を送り出してくれる。
「兄さん、行ってらっしゃい……大好きです!」
「ああ、俺も純白が大好きだ。じゃあバイトに行ってくるよ」
俺は純白に微笑んで家を出る。こんな幸せな日常を絶対に守ってみせる、その誓いと共に俺はバイト先である喫茶店に向かった。
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