第35話、ほっぺた
「兄さん兄さんっ」
「どうした、純白?」
「えへへ、呼んでみただけですっ」
「もう。ほら勉強に集中しなきゃ駄目だろ? ここうっかり間違いしてるぞ」
「えっと……。あっ……ほんとだっ……。うう、兄さん本当に凄すぎますっ、ちょっと見ただけで分かっちゃうなんて」
「俺だって間違える事はあるからさ、そういうミスしやすい要点を把握してるんだ」
「むしろそれがすごいですっ。わたしももっと勉強を頑張って兄さんみたいになりたい!」
「その意気だ。頑張れば必ず報われる。だから一緒に頑張っていこうな」
「はいっ」
食後、俺の部屋で勉強会を再開して一時間ほど経っていた。純白は一生懸命に問題を解き進めている。
俺の教えた事をノートに書き留める純白の姿はとても微笑ましい。
そして問題を解く度に純白は俺に撫でて欲しそうに頭を向けてくるのだ。その仕草がまた可愛らしくて俺はつい甘やかしたくなってしまう。
「兄さんっ。この問題が解けましたっ」
「正解だ。よく出来たな」
「えへへ、兄さんのおかげですよ。兄さんの教え方がすごく分かりやすいからです」
「純白の飲み込みが早いからだよ」
「そんなことないのです。兄さんのおかげです。勉強も出来て、運動も出来て、歌も上手で、それにかっこいいなんて……ふわぁ……兄さんはやっぱり世界で一番です」
「純白だって素直で良い子で熱心で、それにとてもかわいいし世界で一番の最高の妹だよ」
「褒められすぎて恥ずかしくなってきました……」
「それはお互い様だな。実は俺も言ってて言われてかなり恥ずかしいし」
「ほんとですよー、顔真っ赤ですし兄さん。もう可愛いなあ」
「純白だってほっぺた赤くしてるじゃないか」
俺がつんつんと純白のほっぺたをつついてみせると、純白も同じように俺のほっぺたをつついてくる。
そんな風にじゃれ合っていると、いつの間にか距離が縮まっていた。俺と純白の顔が近い位置にあり息遣いすら聞こえてきそうだ。そして無意識の内に俺達は抱きしめ合っていた。
「ふふっ、兄さんからぎゅってしてもらえて幸せ。兄さんと一緒にいるのすっごく楽しいですっ」
「ああ、楽しい。勉強してる時もご飯食べてる時も遊んでる時も、純白と一緒に居ると本当に幸せな気分になるよ」
「わたしも一緒です。兄さんとずっと一緒にいたい。これからもこうして二人きりの時間を過ごしたい……っ」
俺と純白は見つめ合う。
長いまつ毛にぱっちりとした青い瞳、高くて形の整った鼻、ぷっくりとして柔らかそうな潤んだ唇に、さらりと光沢のある艶やかな銀色の髪。純白の全てが愛おしくて仕方がない。
俺の手が伸びていた。純白の頭の上に手を置くとさらりとしていて柔らかい感触が手に伝わってくる。
そのまま優しく髪を撫でると純白は気持ち良さそうに頬を緩めてくれた。その緩んだ頬に手を当てると、純白はくすぐったそうに身を捩らせる。
「純白のほっぺ、柔らかい。いつまでも触ってられる気がする」
「兄さんの手、とっても温かくて優しくて大好きです。もっといっぱい触ってください」
「でもたまにはいつもと違うやり方で純白のほっぺを堪能したいな」
「いつもと違うやり方、ですか?」
「そ、動かないでな。純白」
純白は不思議そうに首を傾げる。その隙に俺は妹のほっぺたに自分のほっぺたをくっつけた。俺達の肌同士が触れ合い、体温が混ざり合っていく。
「兄さん、これっ……」
「どう? ほっぺたのくっつけ合い。やってみたかったんだ」
「えっと、その……。とってもドキドキするのに、すごく安心出来ます」
「だな。ドキドキするけど安心する、不思議な感じだ」
お互いの頬は熱を帯びていて、それが柔らかな肌を通じて伝わってきた。純白は気持ち良さそうに目を閉じて、優しく頬ずりしてくれる。
「兄さんのほっぺ、すべすべですね。なんか癖になっちゃいます」
「純白のほっぺはもちもちだ。俺も癖になりそうかも」
「えへへ、幸せ……っ。兄さん好き、大好き、愛してますっ」
「純白、好きだよ。大好きだ。愛してるよ」
「嬉しいっ、幸せ過ぎて溶けちゃいます」
「ゆるゆるにとろけた純白、ほんと可愛いな。俺まで溶けちゃいそうだ」
俺と純白は頬ずりしながら愛の言葉を交わす。お互いの吐息が混じり合っていき、その度に胸の奥が高鳴ってしまう。
勉強そっちのけで互いの頬を堪能していると、玄関の扉が開いた音がして「ただいま~」と父さんの声が家の中に響いた。
「父さん帰ってきたみたいだな。そっか、もうそんな時間か」
「うう……お部屋に戻らないと……ですよね?」
「そうだな。勉強してはいるけど、あんまり父さんの前でくっついてるところは見せられないし」
「……ですね。心配かけちゃいますもんね」
純白は少しだけ寂しそうに視線を落とす。
俺も本当はもっとこうしていたかった。だけど俺達の関係はまだ父さんに知られていないし、知られようものなら大きな問題に発展してしまう。
父さんは俺達を実の兄妹として育ててきた。血は繋がっていなくても、精神的には紛れもない兄妹だ。
そんな俺達が恋愛関係にある事を知れば、父さんはそれを危惧するだろう。
だから今は秘密の関係として続けていかなければならない。
名残惜しむようにしている純白の頭を軽くぽんぽんと叩いてあげると、純白も同じように俺の頭に手を添えてきたのでお互いに頭を撫であう形になった。
そして最後に俺達は目を合わせて小さく笑い合い、純白は自分の部屋に戻っていく。その去り際に俺の方に振り向いた。
「では兄さん、明日も明後日もお部屋で勉強しましょうねっ」
「ああ、約束な」
「はいっ、絶対ですよ! 約束ですからっ」
小指を差し出してきたので、俺は自分の小指を絡めて約束を交わす。
それから純白は満面の笑みを浮かべて俺の部屋から出ていくのだった。
――と、ここまではいつもと変わらない幸せで平和な日常そのものだった。
しかしそれを脅かすような出来事がこの後起こるなんて、この時の俺には想像も出来ていなかったんだ。
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