第32話、世界一幸せな月曜日

 月曜の朝から機嫌が良い。


 今日から平日で、これから5日間また毎日授業を受けなければならない。それだというのにとても機嫌が良かった。


 その理由は昨日の出来事にある。

 俺は首筋に出来た小さなキスマークを触りながら思い出す。


 純白が俺との間接キスを意識してくれていた事、首筋に何度も口づけして、言い訳はしないと俺への好意を明らかにした。


 内緒とは言っていたけど純白は行動で示してくれた。

 

 俺を兄ではなく異性として意識している事、そして大好きで愛しているという気持ちを伝えてくれたのだ。


 嬉しくて堪らない。純白の口から直接聞く事が出来なかったのは残念だが、それは仕方がない事だ。純白は恥ずかしがり屋さんだからな。


 純白も俺と同じ気持ちなんだと思うと心の底から幸せを感じる事が出来る。


(やっぱり……俺の思った通りだったんだ)


 一度目の人生で俺は後悔した。

 純白を突き放す事なく、ずっと傍にいたのなら、俺は純白と添い遂げられたんじゃないかと。そして俺がタイムリープして青春をリスタートさせた事でそれは確信へと至った。


 このまま純白と一緒にいれば、必ず幸せな未来を掴み取る事が出来る。希望に満ち溢れた毎日が続いている事を知って思わず笑みが零れてしまう。


 そしてこの嬉しさを純白にどうにか伝えたくて朝から弁当作りに励む俺。弁当箱の中にはいまだかつて見た事のないような豪華で手の込んだおかずが詰まっていた。


 ご飯もいつもより気合いを入れて丁寧に炊いているし、純白の大好きなデザートだって作っている。きっと喜んでくれるに違いない。


 純白の反応を楽しみにしながら弁当箱をランチクロスに包んでいるとリビングの扉がゆっくり開いていく。


「に、兄さん、おはようございます……」


 朝の挨拶が聞こえて振り返ると、そこにはおずおずとリビングに入ってくる純白の姿があった。昨日の事を思い出しているのか、朝の挨拶に若干の気まずさが滲み出ている。けれど俺はいつも通りに接していた。


 その方が純白も安心するだろうし、何より俺としては昨日の出来事による気まずさよりも嬉しさの方が遥かに勝っていたのだ。


「おはよう、純白。お弁当ちょうど出来たところだよ」


 俺は純白を手招きしながらランチクロスに包まれていた弁当箱を見せる。


 その弁当箱を見つめながら、弱々しい足取りで俺の隣に立つ純白。伏せ目がちで何処か元気のない様子。


 恥ずかしくて何と返事したら良いのか分からないのかもしれない、だから俺はいつも通りの優しい口調で純白に接する事を意識する。


「はい、お弁当。今日のお昼も一緒に食べような」

「あ、ありがとうございます。学校で兄さんのお弁当を食べられるのが楽しみで、今日もわくわくしてました」


「そっか。今日は腕によりをかけて作ったんだ、期待してくれよ」

「はい、とっても」


 弁当箱を受け取った純白は眩しいくらいの笑みを浮かべてくれる。


 俺のいつも通りな雰囲気を見て安心したんだろう。さっきまで緊張していた顔が和らいでいるのが見て分かった。


 けれど俺が首筋に触れたのを見た瞬間に、純白は頬を押さえて顔を真っ赤にして、視線を逸らすように俯いた。


「あ、あの……首筋の、まだ残って……」

「けっこう強くちゅーってされたからな。3日くらいは残るかも」


 その通りなのだ。俺の首筋にはっきりくっきり純白がつけたキスマークがまだ残っている。それに気付いた純白は更に恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまった。指の間から見える純白の瞳はぐるぐる回るように揺れていて、かなり動揺しているのが分かる。


「ご、ごめんなさい、兄さん……っ。わたしが昨日、あんな事しちゃったから……」

「大丈夫だって。心配しなくていいよ。学校行く前に純白からコンシーラー借りて隠すつもりだし」


「うぅ……。大丈夫かな……気付かれないかな……?」

「純白は心配性だな。ま、そこが可愛いんだけど。慌てる純白も好きだぞ」


「も、もうっ。こんな時に茶化さないでください……っ!」


 こうやって照れて慌てて、恥ずかしがっている純白が可愛くて、つい意地悪したくなってしまう。まあでも本気で心配してるみたいだし、これ以上すると本当に拗ねちゃうかもだから注意しないとな。


「……誰にも見られないように気を付けてくださいね?」

「もちろん。大好きな純白からのものだからな、誰にも見せたくない。俺だけのものだ。ちゃんと大切にする」


「た、大切にするって……その言い方は、ずるいですよ……」

「だって本当の事だからな。俺にとって純白から付けてもらったキスマークは宝物みたいなもんだし」


「ほ、本当に兄さんは……わたしをドキドキさせるのが得意です……」


 純白は高鳴る心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸し始める。俺もさっきからドキドキと胸がうるさい。純白に聞こえているんじゃないかと不安になる程だった。


 純白の気持ちを知った後だからなのか、以前よりももっと純白の事を好きになっている。


 こんなにも愛おしく思う人は純白以外にいない。そしてそんな純白から誰よりも俺は愛されている。


 俺は今、世界一幸せだ。


「じゃあ朝ご飯を食べて歯磨きして、支度したら一緒に学校行こう。今日は夕方から雨の予報だし傘を忘れないようにな」

「は、はいっ……」


 純白を落ち着かせようと平静を装いつつ優しく頭を撫でる。


 どうやら俺のなでなでは純白にとって抜群のリラックス効果があるようで、こうして触れるだけでふにゃりとした笑顔を見せてくれる。


 いつもの落ち着いた様子に戻っていく純白を連れて同時に席に着き、俺達は揃って笑顔のまま朝食を食べ始めた。


 この幸せな毎日が続きますように。

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