第33話、ぽかぽか昼休み

 高校生活が始まってから、もうすぐ一ヶ月になろうとしている頃、そろそろ俺と純白の関係が校内に知れ渡り始めていた。


 と言っても俺達が相思相愛である事を知られているわけじゃない。俺と純白が兄妹で同じ屋根の下で暮らしている、という事に関してだ。


 自分達から兄妹だという事を進んで口にしていたわけではないが、苗字も同じだし登下校する時も一緒、仲睦まじい様子を多くの生徒達が目にしている。


 俺と純白が兄妹だという話は自然と広まっていったようで、学校に着くとその話題が俺の耳にも届いてきた。


「一組の純白ちゃんと二組の蒼太くんって双子の兄妹なんだよな。蒼太くんが兄貴で純白ちゃんが妹なんだろ?」

「あ、それあたしも聞いた! だから毎日一緒に登下校してるんだって!」

「全然似てないけど……双子なんだ。あーだから同じ苗字なのか、びっくりしたよ」


 そんな会話が聞こえてくる。何処から広まったのかは定かじゃないが、俺と純白も別に隠していたわけじゃないしな、こうして知られるのも時間の問題だったのかもしれない。


「蒼太と純白ちゃんってすげー仲良いけどよ。おれも分かる気がするなぁ、純白ちゃんみたいな可愛い子が妹だったら絶対にシスコンになる自信がある」

「えーあたしも分かる。蒼太くんみたいなかっこいい人がお兄ちゃんだったら絶対にブラコンになるわ。純白ちゃんが羨ましいもん」

「美男美女の兄妹とかすごいよね、憧れるなあ」


 学校中の生徒達が様々な反応を見せている中、当の純白は少し不安げに瞳を揺らしていた。


 その理由を聞いたのは午前の授業を終えて、一緒に中庭でお弁当を食べた時のこと。


 俺が張り切って作った弁当、中身が豪華で彩りあるおかずが詰まっているのに純白の箸の進みがやけに遅かったのだ。


「……口に合わなかった、純白?」

「えっ!? ち、違いますっ! その逆ですっ! 凄く美味しいですっ!」


「なら良かったよ。なんか元気なさそうに見えたからさ」

「ご、ごめんなさい……心配かけて……。ちょっと考え事しちゃっていて……」


「謝らなくて大丈夫だよ。悩み事がある時は遠慮なく相談してくれていいんだから」

「はい……ありがとうございます」


「それで何を考えてたの?」

「……そ、それはですね。あの、えっと……っ」


 瞳を揺らしながら言葉を選んでいる純白。周りを見渡してから声を潜めて口を開いた。


「今日から急に告白される事が増えてしまって……兄さんと学校に着いた後、男の子から空き教室に呼ばれたり、人通りの少ない階段の踊り場で告白されたり……お、女の子からも、手紙を貰っちゃいました……。高校に入ってからはそこまでじゃなかったのに、急にどうしてでしょうか……?」


「な、なるほどな。そういうことだったのか」


 確かにこれは悩んでしまう内容だな。

 純白は学校一の美少女だ。いや学校一とは言わず世界一可愛いと言っても過言じゃない。


 そんな超がつく程の美少女が同じ学校に通っているというのだから、周りの男子達は黙っていない。


 その容姿に惹かれ、好きになり、付き合いたいと思うのも当然の話なのだ。


 けれどそんな純白が高校に入ってから今まで告白されなかったのには理由があった。


 俺の存在だ。

 仲睦まじい俺と純白の様子を見て『お似合いのカップル』だと皆が口を揃えて言う。


 この学校に通う生徒達は今まで俺と純白が兄妹なのを知らなかったし、中学からの知り合いもいなかった。だから俺達が恋人関係だと勘違いしていたのだ。


 けれど兄妹だという事が知れ渡った事で、俺達が恋人ではないと分かったはずだ。


 立ち入る隙がないお似合いのカップルから、仲睦まじい兄妹だと周囲は認識するようになった。


 恋人と兄妹では全く違う、純白に彼氏が居なかったと知った男子達が今になって動き始めたわけだ。


(俺と純白が両想いだって公言出来たらなぁ……)


 実を言えば俺も今日から急に告白されるようになった。理由は純白と同じだろう、俺に恋人がいないと知った女子生徒達が積極的にアピールし始めたのだ。


 春休みからのトレーニングで体型を整えて身だしなみをしっかりした事で純白の隣に立てる相応しい男になった結果。嬉しくもあるが俺は純白一筋、他の女子になびくつもりは一切ない。女子からの告白は全て断った。


 純白も男子からの告白を全部断ったはず。何人からも告白されて大変だったに違いない。俺も朝からそうだったので純白の大変さがよく分かった。


 俺達が両想いだって事を伝えられたら、そんな事もなくなるんだろうが、兄妹なのに恋愛関係だという話は決して口に出来ない。


 俺と純白が血の繋がっていない兄妹だという事も秘密だ。それを純白に告げる準備はまだ整っていない。


 純白や周囲にその真実を伝えられない以上、俺達の恋愛を周りから理解してもらうのは難しいだろう。


 ともかく俺達が兄妹だと知られた以上、周りの生徒達がアプローチしてくるのは仕方がない事だと思う。


「実は俺もそうなんだよ、純白。朝からいろんな女子に告白されてさ。学校来たら靴箱にラブレター入ってたり、机の中にも手紙あったり」

「に、兄さんもだったんですか……っ? な、なんてお答えしたんでしょう……? もしかして……うう……」


 俺の話を聞いた純白が悲しげな表情を浮かべる。大好きなお兄ちゃんが誰かに取られてしまったんじゃないかと、きっと不安なのだ。


 俺はそんな純白を安心させようと頭をそっと撫でた。


「大丈夫だよ、純白。俺が大好きなのは純白だけだ。告白されても全部断ってるよ」

「ほ、本当ですか……?」


「ああ、もちろん」

「……えへへ、よかったです。わたしも、に、兄さんのことが……大好きで、全部お断りしました……っ」


 へにゃりと微笑む妹が可愛すぎる。俺の事が大好きで告白されても全部断った、って嬉しすぎてもっともっと甘やかしたくなる……が、我慢だ。


 ここは学校なんだから誰かに見られて変な噂が広まってしまう事だってある。人気のない場所にいるけどその可能性はゼロじゃないのだ。


 今は隠れてこっそりと秘密の関係を続けないと。あんまりイチャイチャしすぎると良くないので、ここで話題を変えていこう。


「そうだ、純白。あとちょっとすると高校に入学してから初めてのテストがあるけどさ、良い点取れそうか?」

「それが全然です……。中学の頃と違って授業の内容が難しくて……」


「それならさ、お兄ちゃんが教えてあげるから一緒に勉強しないか? 実は結構いい感じに点数取れる自信があるんだ」

「えっ、すごい……。兄さん、家事もあんなに頑張ってくれて、毎日美味しいご飯まで作ってくれて、それにトレーニングまで欠かさずしてるのに……勉強まで頑張ってたのですか? 凄すぎます……やっぱり兄さんは世界一素敵な人です!」


 澄んだ青い瞳をキラキラと輝かせる純白。その眼差しが少しくすぐったい。


 俺が純白に勉強を教えてあげられるのは一度目の人生の努力が実ったからだ。今までずっと積み重ねてきた努力で、純白の先生になってあげようと思う。


「それじゃあ今日から一緒に勉強しようか。どこで勉強したい? 放課後、学校に残って勉強する? それとも帰ってからリビングでとか?」

「兄さんの部屋がいいですっ! 兄さんの部屋、とっても落ち着くから好きなのです。勉強だって絶対捗りますっ! だめでしょうか……?」

 

 純白は両手の指先を合わせて上目遣いで俺を見つめてくる。その破壊力は抜群で、断る理由など一切ない。


「もちろんいいぞ。俺の部屋でテストに向けた勉強会に決定な。でも父さんが帰ってくるまでだぞ? 最近はくっつき過ぎて、父さんも心配気味な感じあるし」

「そうですね、お父さんを心配させられません。でもでも、父さんが帰ってくるまででも、兄さんのお部屋で勉強出来るんですねっ。楽しみすぎてお顔がゆるゆるになっちゃいますっ」


 そう言ってふにゃふにゃに頬を緩ませる純白。可愛い過ぎて、また抱きしめたくなってきた……我慢我慢。


 そうして楽しみな事が増えた俺達は、二人でにこにこと笑顔を浮かべながらお弁当を箸でつつく。


 ぽかぽかな陽気に包まれて、幸せな昼休みだった。

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