第9話、桜舞う
それから入学式を無事に終え、俺達は教室へとまた戻ってきていた。
クラスメイトの自己紹介に、これからの高校生活について担任の先生による熱弁を聞き、今日の日程は全て終了。
俺はまだ騒がしい教室を後にして約束通りに純白が待つ一組の教室に向かう。
開けっ放しの扉の前に立つと、教室の中には純白の姿があった。
苗字が同じなので俺と似たような席順に座っていて、そんな妹の周りには大勢の男子生徒が集まっていた。
「ねえねえ、星崎さん。連絡先教えてよ」
「星崎さんって彼氏いる? アイドルみたいに可愛いよね」
「もはや天使だよ。仲良くなりたいな、星崎さんRINE交換してくんないかな?」
男子生徒達は純白を囲んで、それぞれが純白とお近付きになりたいとアピールをしていた。
純白はその中心で困ったように微笑みながら、優しい口調で一人ひとりに返答していた。
中学の頃の入学式を思い出すな……純白は本当に可愛いからこうして男子生徒から囲まれるのは日常茶飯事だった。やっぱりそれは高校になっても変わらないなあと、いやむしろ中学に比べて更に大人っぽくなって可愛さが増しているので、周囲の反応は更に熱烈なものになっているのが見て取れた。
優しい微笑みを浮かべて丁寧に受け答えをしているけれど、内心は困ってしまってどうしたら良いのか分からないのだろう。
そろそろ助け舟を出してあげようと教室に入っていくと、俺の姿に気が付いた純白はぱあっと顔を明るくさせた。
「来てくれたんですね!」
「すまん、遅くなった」
純白は周りの男子生徒に頭を下げた後、こちらに向かって駆けてくる。周囲の男子生徒には決して見せなかった嬉しそうな笑顔を浮かべて俺の隣に立つ純白。
俺と純白が並んでいる様子に男子生徒達から落胆の声が聞こえてきた。
「まじか……あんなイケメンが星崎さんの彼氏なのかよ」
「オレ、結構本気で狙ってたんだけどなぁ……」
「いやあ、あれは割り込む隙ないわ。超絶美少女にガチのイケメンの組み合わせだし」
そんな声が聞こえてきて、思わず苦笑してしまう。
中学時代にも俺と純白が恋人同士だと勘違いする奴は少なくなかった。当時の俺は純白と釣り合う姿をしてなかったから、今と違って嫉妬と不満の声ばかりだったんだよな。
兄妹だと知ると再びアタックされるようになるから、ちょっとした時間稼ぎにしかならないんだけど。
「それじゃあ純白、家に帰ろうか」
「はいっ。こうやって兄さんと一緒に帰れるの、とっても楽しみにしていたんです」
にこにこと笑顔を浮かべる純白を連れて賑やかな学校を後にする。
朝とはまた違う昼間の通学路。
温かな日差しが降り注ぐ中で、桜並木の下を歩く純白はどこか楽しげだった。
「桜が綺麗ですね。春なのが実感出来て、なんだか楽しいです」
ひらりと舞う薄紅色の花びらを手の平に乗せて純白は笑顔を浮かべて呟く。風に乗って舞い散っていく花びらはまるで雪のようで、そんな桜を見上げる純白の横顔に俺は見惚れてしまっていた。
幻想的で美しくて、一枚の絵画のような光景に胸が高鳴ってしまう。
そして何より純白は本当に良い笑顔をする、楽しげで幸せそうで、周りにいる人間の心を明るくしてくれる程の魅力があった。
きっとその笑顔に惹かれた多くの生徒と友達になった事だろう。純白が人気者になるのは当然で、今日の入学式だけでも妹の存在は学校中に知れ渡ったと思う。
実は入学式での新入生代表の挨拶を任されたのは純白だったのだ。その可憐な容姿と気品のある振る舞いが教師の間で評判となって大抜擢されたらしい。
壇上に立った純白は堂々とした姿で多くの生徒を魅了した。
一度目の人生で見た純白の挨拶は、堂々とした振る舞いだったがどこか儚げで触れてしまえば消えてしまいそうな雰囲気があった。そこが可憐でまた良いのだと当時はそんな声をよく耳にしたものだが、二度目の人生で見た妹の挨拶は全く違うものだった。
凛とした立ち姿で自信に満ちた瞳からは強い輝きを感じさせる。透き通るような美声は聞く人を惹きつける魅力があり、いつも隣にいる俺ですら純白のスピーチに心が震えた。
これから自分達を待っている明るく楽しい未来を想像させるような、希望に満ち溢れた素晴らしい挨拶だった。
それを聞いて俺は改めて思う。
純白は俺との高校生活を本当に心の底から楽しみにしている。だからこそ今回の入学式の挨拶で、妹は自分の抱いた希望を皆に届けたかったんだ。
(幸せにしてやらないとな。絶対に)
俺は隣を歩く純白に微笑みかける。すると純白もまた、俺の視線に気が付いて花が咲いたように可愛らしい笑顔を見せてくれた。その笑顔は満開に咲いた桜よりも、ずっとずっと綺麗だった。
「なあ、純白の新入生代表の挨拶、本当に凄かった」
「えへへ。兄さんが見てくれているから頑張れたんですよ?」
「そっか。それなら俺の為に頑張ってくれた純白にはご褒美をあげないとな」
「はいっ。いーっぱいなでなでしてください」
純白は周囲に他の誰もいない事を確認して立ち止まる。
そして俺に頭を向けて目を閉じる。
まるで撫でられる事を待ち望んでいる子犬のようで、俺はそんな純白を愛おしく思いながら優しく頭を撫でた。
「よく頑張ったな。偉いぞ、純白」
「ふぇ……んぅ……兄さんの手……気持ちいいです」
目を細めてうっとりと表情を蕩けさせている純白。
甘えん坊で可愛くて、こんな妹を独り占め出来るなんて。本当に二度目の人生をやり直せて良かった。
こうやって純白を独占出来るのを周囲の男子が知ったら嫉妬するかもしれないけど、これは俺だけの特権なのだ。誰にも譲るつもりはない。
柔らかな銀色の髪を指ですくうようにしてやると、純白はくすぐったそうに身体を動かして小さく吐息を漏らす。
俺はそのまま純白の頭に手を置いて、今度はぽんぽんっと軽く叩いた。
すると純白はゆっくりと瞼を開く。どこか名残惜しそうに俺を見上げてきた。
「おしまい……?」
「ああ、おしまい」
「そ、そうですか……残念です……」
しょんぼりと肩を落とす純白。
こうやって落ち込む姿も可愛いので俺の顔はさっきから緩みっぱなしだ。
「兄さんになでなでされるの、とっても幸せな気分になれるから好きなんです。だからもうちょっとだけ……だめですか?」
「もう。純白におねだりされて断れるわけないだろ。じゃあもうちょっとだけな」
「えへへ。兄さん、優しくて大好き」
俺は純白の頭をもう一度だけ撫でた後、再び歩き始める。
そんな俺に純白はぴょこぴょこと跳ねるように小走りで近寄ってきた。
それから俺を見上げて嬉しそうな笑みを浮かべる。
二人で並んで帰る通学路の景色はどんな絶景よりも輝いて見えた。幸せそうに笑う純白を見ているだけで俺の心も温かくなる。
俺の二度目の人生はこうして最高のスタートを切ったのだった。
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