第8話、クラス分け
校庭は多くの新入生で賑わっていた。
クラス分けを張り出されている掲示板の前で、自分の名前を探す人達で溢れ返っている。
中学からの友人が同じクラスになる事を喜び合っている光景に、クラスに知り合いがいない事に意気消沈する生徒、新たに友達になった生徒同士が楽しげに談笑している姿など、皆がそれぞれの想いを抱いてこの場にいるようだ。
そんな中に俺と純白が足を踏み入れると、一気に周囲の視線がクラス分けの張られた掲示板から俺達の方に向けられた。
「え……やばい。あの人、めっちゃ可愛くない?」
「入学説明会の時に見たよ。天使みたいだよね、あの子」
「隣の人もすげーイケメンだ。芸能人みたい」
「恋人なのかな? 超お似合い……すごっ」
周囲から聞こえてくる声はどれも好意的なものばかり。
俺は慣れない状況に少し戸惑いながらも純白と共に掲示板の前に立った。
クラス分けは前回の記憶が俺にはあるから正直見なくても分かってしまうのだが……純白が楽しみにしていたのを知っているからこそ一緒に確認した。
「兄さんが二組で、わたしが一組……うーん、やっぱり兄妹で同じクラスというのはめったにないんですね……」
「まあ仕方ないよ。双子の兄妹を同じクラスにする事って難しいだろうし中学の頃もそうだったしな」
「むぅ……わたしは兄さんと同じクラスで良かったのに」
「来年は同じクラスになれるかもしれないしさ。一年生は我慢しよう」
やっぱり俺の記憶の通りだった。
一年の頃は俺と純白は別クラス、双子やいとこが同じクラスになるのは学校側の配慮でなかなか起きにくいらしい。俺達も例に漏れず違うクラスになってしまうのは仕方ない事だ。
純白は残念そうに肩を落としている。そんな純白を元気づけようともう一度声をかけた。
「昼休みは絶対に純白のクラスに行くよ。一緒にご飯を食べて、帰る時は一緒に下校しような」
「はいっ。約束ですからね?」
「もちろん」
「えへへ、嬉しいです。あーもう、なでなでして欲しくなっちゃいました」
「今はそうも言ってられないな。周りの目もあるし、これから入学式もある。早く行かないと」
「ですね。それじゃあ次のなでなでは入学式が終わってからお願いしますっ」
「じゃあそれも約束な。ほら行くぞ」
「はい、兄さん」
こうして俺達はクラス分けの掲示板を離れて校舎の中へと向かっていった。
通学路の時と同じような視線を昇降口でも、教室に向かう廊下でも受けながら、俺達は教室に辿り着く。
一年一組の教室に立った後、俺はぽんっと妹の背中を軽く叩いた。
「純白は今日の入学式で仕事があるんだよな、応援してるから。頑張れよ」
「はいっ、頑張ります。入学式が終わって下校時間になったら教室で待ってますね。一緒に帰りましょう」
「ああ、一緒に帰るのを楽しみにしてる。また後でな」
「はいっ。また後で!」
お互いに小さく手を振った後に純白は自分の教室に入っていく。その後ろ姿を見届けた俺は隣の二組の扉を開けて中に足を踏み入れた。
俺は黒板に張り出されている席順表を確認して自分の座席に腰をかける。
さてこれからの一日で何が起こるかは前回の記憶で把握済み。
何事もなく教師がやってきて、新入生に向けて色々と挨拶をした後に、俺達は入学式の会場である体育館に向かう。
そして長い校長先生の話を聞き流して、新入生代表の言葉を聞いて、最後に校歌を歌って入学式は終わるのだ。
一度目の人生では新しい生活がこれから始まるという事でそわそわしていたが、二度目となれば緊張する事もない。のんびりと流れる時間に身を任せるだけだ。
そう思って机に肘をつけながら窓の外に広がる景色を眺めていると、前の方から誰かが歩いてくる音が耳に入ってきた。
俺が顔を上げるとそこには女子生徒がいて、妹は何故か緊張した面持ちで俺の方に向かってくる。
俺はその光景に首を傾げた。
おかしい……クラスメイトと仲良くなるのはもう少し先の事で、このタイミングで話し掛けられた記憶はない。それにこの女子とは前回の人生ではあまり親しくはならなくて、顔は覚えているものの名前が出てこない。
まさか座っている席を間違えてしまったのかと思って黒板の座席表を確認するが……それもなく。俺は不思議に思いながらも目の前までやってきた女子を見上げた。
妹は俺の机の前で深呼吸すると、意を決したように声をかけてきた。
「あ、あの、星崎蒼太くんだよね……? はじめまして。あたし、美谷中出身の戸山優子っていうの」
声をかけてきたのは茶髪のボブカットをした元気そうな少女だった。
彼女について、その名前を聞いて今思い出した。
戸山は二年の時に生徒会長に選ばれた秀才で、高校での三年間はずっと男子からの人気も高かった。
しかしそんな彼女がどうして俺に話しかけて来たんだ? 前回の人生だとクラスが同じなだけで接点など一切なかったはずだが……。
疑問に思っていると、戸山は俺の返事を待つように黙っていたのでとりあえず挨拶を返す事にする。
昨日ずっとやっていた笑顔の練習を思い出しながら、俺が「初めまして、星崎蒼太です」と爽やかな挨拶を返すと彼女は突然キャーキャーとはしゃぎながら黄色い声を上げた。
えっ、ちょっと想定外。
目をきらきらと輝かせて頬を赤く染める戸山の姿は前回の人生でも見た事がない、まるで憧れの存在に出会ったかのような反応だ。
そんな様子に戸惑う俺に彼女は言葉を続ける。
「えと……生徒玄関で蒼太くんを見た時にびっくりしたの! こんなかっこいい人と同じクラスだって! それにすごく優しそうで、これはもう話かけるしかないって思ったんだよね!」
「そ、そうだったんだ。それは嬉しいな」
「あの、RINEやってる!? 良かったら連絡先を交換しない?」
「RINEはしてるけど、あーええと……」
矢継ぎ早に質問されて返答に困った俺は助けを求めようと周りに視線を送るが、教室にいる皆がこちらに注目をしている。この光景を興味津々な表情を浮かべて眺めていた。
どうしようこの状況。
純白の隣に立てる相応しい男を目指して、春休み中はひたすらトレーニングに励み美容院で髪型も整えた。それがこんな形で他の生徒達に影響を及ぼすなんて。
中学の頃に純白が男子生徒に詰め寄られている姿は何度も目にした事があるが、まさか俺が女子生徒に詰め寄られる日が来るとは思いもしなかった。
(これは純白の言った通り……本当に気を付けないといけないかもな)
他の女子達との距離感に気を付けよう、と改めて心に決めた瞬間だった。
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