第2話、やり直し
純白が着替えの為にリビングを離れた後、俺は現状を確認する為に自分の部屋へと戻り情報収集を始めた。
まず今が一体いつなのか。調べてみればすぐ答えは出る。
今日は俺と純白が中学を卒業した翌日、3月の上旬の昼前だ。
それは俺にとって10年も前の出来事のはず。だが現にスマホの日付もテレビも新聞も、何から何まで今日が10年前の3月上旬であると示していた。
俺も妹も高校時代の身体に戻っているし、当時使い古したはずのスマホもほぼ新品になっている。
着ていた制服や家具の配置、置かれているゲーム機など、部屋の中には見覚えのある懐かしいものがあの頃そのままに置かれていた。
「タイムリープしたんだな、本当に……」
目の前に広がる全ての光景と情報が記憶にある10年前と合致する。
つまり昨日、純白と血の繋がりがない事を知って眠ったその後――俺はやはり時間を遡って高校時代へと戻ってきたのだ。
次に俺自身の事。
名前は
このぼさぼさで目にかかるまで伸びた髪も、ちょっとふくよかでぽっちゃりとした身体も高校時代の俺自身のものだ。
頬を何度つねっても目が覚める事はないし、じんわりとした痛みが広がってくる事、さっきの妹のやり取りで感じたものからこれが夢である可能性は否定された。
「マジか……本当に、本当に高校時代をやり直す事が出来るんだ……」
ベッドに横たわって天井を見上げていると、その実感が湧いてきた。
嬉しさのあまり涙が出そうになり、俺は大きく呼吸を整えながら溢れそうな涙を堪える。
今日この日の事を良く覚えていた。
中学を卒業した翌日、俺は初めて妹である純白を拒絶した。
きっかけは些細な事だった。
妹は俺と同じ高校に進学し、入学前の春休みでごろごろしている。そんな妹は卒業祝いに買ってもらった初めてのスマホと悪戦苦闘して俺の部屋を訪れるのだ。
スマホの使い方を教えてあげるところまでは俺と妹の関係に変化はなかった。
だがその後すぐ、妹が放った言葉を聞いて、俺は妹と距離を置かなくてはならないと決心したのだ。
『兄さん大好きです。高校生になっても中学の頃みたいに一緒にいましょうね』
スマホの設定を終えてから、妹は屈託のない笑顔を浮かべて俺の傍へ寄ってきた。ベッドの上に座る俺の隣で、妹は甘えたようにくっつきながら、愛らしい上目遣いで言う。
それを見て、妹の言葉を聞いて、このままでは駄目だと思った。
中学の頃までは大好きな妹と学校でも一緒に居られて嬉しかった。朝一緒に学校へ行って、一緒にお昼を食べて、放課後になれば肩を並べて下校する。
そして互いに高校生になろうとした頃、俺はずっと一緒に居てくれる妹への想いがはち切れそうな程に強まっていた。
このまま妹との高校生活を始めれば血の繋がった兄妹という関係を越えてしまう。高校生活も妹の傍に居れば俺は絶対に戻れない所にまで行ってしまう。
だから俺は妹を突き放した。
その始まりが今日この日の事だったのだ。
「でも、もう間違えない」
妹への想いを忘れようと決心したこの日に俺は舞い戻ってきた。血の繋がりがなかった事を知り、身を引いた事を後悔し、大好きだった妹が別の誰かと結婚する事に絶望した俺が、戻ってきた。
ならば俺は、この二度目の人生を必ず成功させてみせる。
これから俺は、純白と本当の意味で結ばれる為に人生を歩む。
そして今度は純白を幸せにしてみせる。二度と妹に悲しい顔などさせはしない。
その決意を胸に起き上がった時だった。
ノックの音が聞こえてゆっくり開いていく自室の扉。
着替えを終えて部屋着姿になった妹の純白が、スマホを片手に半泣きになりながら俺の部屋に入ってきた。
「に、兄さん~。スマホの使い方が全然分かりません……」
この光景もやはり俺の記憶の通りだった。
ああ、もう一度やり直せる――それを実感しながら俺は妹に手招きをした。
「おいで純白。スマホの使い方、教えてあげるから」
「うぅ……。兄さん、ありがとぉ……」
スマホをぎゅっと胸に抱いた妹は、ベッドに座る俺の隣に腰掛けた。そんな妹に優しく問いかける。
「純白、スマホの何が分からないの?」
「えっと……RINEっていうアプリが欲しいのです、でも入れ方が分からなくて……」
「なるほどね、それじゃあ貸してごらん。お兄ちゃんがやり方を教えてあげるから」
「はいっ」
嬉しそうに返事をする妹にスマホを渡してもらいながら思い出す。
純白は俺と一緒のスマホが良いと父にせがんで、同じ機種の色違いのものにしていた。
当時の俺は同じスマホなら簡単に使い方を教えられる、くらいにしか思っていなかったが、今思ってみれば妹からの愛情を感じる。
大好きな俺と同じものが使いたい。
俺への想いを色んな形で見せてくれていたのだ。
二度目の人生でそれを確かにした俺は、可愛い妹の為にアプリストアの使い方からアプリのインストールの仕方、そしてRINEがどんなものなのかを当時とは比べ物にならないくらい優しく丁寧に説明する。
澄んだ青い瞳をきらきらと輝かせながら熱心に聞く妹。
ただそれだけなのに嬉しくて頬が緩んでしまう。
純白は俺の説明を聞き終えるとスマホの画面をタッチし始めた。
「ねえねえ、兄さん。このQRコードというのを使えば、兄さんとRINEが出来るようになるんですね?」
「そうだね。このQRコードで連絡先を交換すれば、いつでもどこでも純白とお話出来るよ」
「ほんとですか!? 早速交換したいです! 兄さんといっぱいお話したいです」
「はは、今だっていっぱいお話してるでしょ?」
「スマホでお話し出来るのはちょっと違うのです。ねえねえ、早く交換しましょう」
無邪気な笑みを浮かべて妹は俺に催促してくる。そんな妹を見て俺は嬉しくなりながら自分のスマホを取り出した。
妹のスマホにQRコードを表示させて、俺がそれをスマホに読み取らせる。
するとすぐに連絡先を交換した通知が届いて、それを見た妹は宝物をもらった子供のようにはしゃいだ。
その表情が可愛らしくて、愛おしくて、思わず頭を撫でてしまう。
「兄さんからスマホの事いっぱい教えてもらっただけじゃなく、なでなでまですっごく嬉しいです」
目を細めて気持ち良さそうに、へにゃんと顔を緩ませて満面の笑みを浮かべる純白。ああ、やっぱり可愛い。こんな純白をもう一度見る事が出来るなんて幸せだ。
「また分からない事があったら何でも聞いてね、純白」
「はいっ、ありがとう兄さん。頼りにしてます」
元気よく返事をする妹は本当に嬉しそうな笑顔を何度も何度も見せてくれた。
「よし、これで準備完了かな。メッセージを送ったり電話したり、写真や撮った動画なんかも送れるから」
「写真に動画ってすっごく便利ですね。今度何か送ります!」
「楽しみにしてるね」
俺の言葉に妹は大きく首を縦に振って喜んでくれた。
「兄さんは本当に優しいです。わたしが困ったらいつもすぐに助けてくれます」
「当然さ。可愛い妹の事を放っておけないし」
「えへへ、兄さんもかっこいいですよ」
そう言って純白は俺に抱きついてきた。俺はその小さな体を優しく抱きしめ返す。この温もりをもう一度感じる事が出来るとは思わなかった。
そして妹は言うのだ。俺の記憶に鮮烈に残っているあの言葉を。
「兄さん大好きです。高校生になっても中学の頃みたいに一緒にいましょうね」
ここまでのやり取りは記憶とは少し違う。でもこうして甘えるようにくっついて、俺に告げるその言葉は全く一緒。
そして人生をやり直す以前の俺はこの言葉を聞いて、このままではいけないと、高校生になろうとしている俺と妹の関係を変えるべきなのだと思った。
でも今この時間に舞い戻ってきた俺は違う。
もう二度と離さない。悲しませない。泣かせたりしない。幸せにする、絶対に。
だから純白の言葉に、俺は満面の笑顔を浮かべて答えるのだ――。
「ああ、ずっと一緒だ。これからもずっとずっと」
その答えに純白は嬉しそうに笑い、俺の胸に顔を埋めてすり寄ってくる。
そんな純白の事を改めて好きだと思いながら、俺は妹の頭を優しく撫で続けた。
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