第3話、してあげたい事

「兄さん、そろそろお昼なので何か作ってあげますね」


 スマホの設定が終わった純白は水玉のエプロンを身に着けて意気揚々とキッチンに立っていた。


 食事の用意は基本的に純白がやっている。


 俺達の母親は幼い頃に事故で亡くなり、父親は会社勤めのサラリーマンで出張が多く家を留守にしている事が多い。


 家にいない両親の代わりを務める為に、家事は役割を分担して掃除や洗濯は俺が、料理は妹に任せていた。

 

 こうしてキッチンに立つ妹を見るのは俺にとって数年ぶりの事。

 

 タイムリープして来なければ二度と見れなかったかもしれない光景に俺の胸は温かくなっていく。


 そして俺はそんな妹にしてあげたい事があった。


 それは純白がお昼を作ると言った時、最初に言おうと考えていた事だ。


 ソファーから立ち上がり、俺は純白の隣に立つ。

 突然隣に来た事に驚いたのか、妹は青い瞳を大きく見開いて俺を見上げてくる。


「どうしたんですか、兄さん?」

「実はさ、純白の卒業祝いに料理を作ってやりたいんだ。駄目かな?」


「え、兄さんが料理? 大丈夫ですか? お手々切ったりしませんか……?」

「大丈夫だよ。今まで純白にいっぱい美味しいものを食べさせてもらったし、そのお礼を兼ねてさ」


「分かりましたっ。兄さんがお祝いしてくれるなら喜んで。でも何を作るのです?」

「そうだな、純白が好きなナポリタンはどうだろう?」


「ナポリタンはとても好きですけど……本当に大丈夫ですか?」

「心配いらないさ。実を言うとな、ナポリタンを作るのは得意なんだ」


 俺は微笑みながらそう言うと、冷蔵庫の中から食材を取り出す。


 当時の俺はほとんどキッチンに立つ事はなかった。妹が言うように手を切ったりしないか、心配されるのも当然なくらいの腕前しかなかった。


 けれど実家を離れて一人暮らしを始めてからは毎日自炊していたし、やればやる程上手くなっていくのが楽しくて、大学時代はバイト先の喫茶店で厨房に立っていたくらいだ。


 そしてバイト先の喫茶店ではナポリタンが一番人気、何度も作ったので俺の中での得意料理にもなっていた。


 何より純白の喜ぶ顔が見たい。俺は手を綺麗に洗った後、腕まくりしながら冷蔵庫の具材に手を伸ばす。

 

 それからピーマンに玉ねぎ、ベーコンとウィンナー。にんにくを取り出した。


 まな板の上で具材を包丁で切っていく。


 とんとんとん、リズミカルな音を聞きながら純白はきらきらと瞳を輝かせた。


 純白には俺の包丁で刻んでいる音がオーケストラの音色のように聞こえたのかもしれない。俺の奏でるリズムに合わせて肩を揺らしながら、楽しそうに声を上げた。


「兄さんの包丁さばき、すごいです。わたしより上手かもしれません。それに料理してるところもかっこいいっ、真剣な眼差しで……そんな兄さんを見ているとドキドキします」

「かっこいい、か。そうやって純白に褒められるのは最高に嬉しいな。ありがとう、頑張るよ」


 俺がそう返事すると妹は頬を赤く染めて照れくさそうにはにかむ。可愛い。本当に純白は天使みたいに可愛い女の子だ。


 10年の時を経た純白への想いは色あせていないどころか、むしろ時間が経つにつれて強くなっていた。そんな大好きな純白に手料理を振る舞えるのが嬉しかった。


 純白は俺の調理の様子を眺めながら青い瞳をキラキラと輝かせて、まるで子供のようにはしゃいでいる


 そんな純白を微笑ましく思いながら、フライパンにオリーブオイルを引いてまずはにんにくから炒めていく。にんにくの香ばしい匂いが漂ってきたら、更にたまねぎを入れて火を通す。


 続けてベーコンとウィンナーを入れて炒め合わせ、焼き色がついてきたら火を弱めてそこにピーマンを投入した。具材の焼けた良い匂い、一つまみの塩と胡椒を振って味を整える。


 最後にケチャップとトマトピューレで作ったソースを加えて、茹で上げたパスタと絡めれば完成だ。パスタを絡める時にバターを一欠片入れていたのだが、これをするだけで仕上がりが濃厚になって美味しくなる。そんな工夫を加えたナポリタンを皿に盛り付けた。


「はい、出来たぞ」

「わぁー! お店で食べるみたいなすごく美味しそうなナポリタンが出来ましたね!」


「あぁ、久しぶりに作ったけど我ながら上手くいったと思う」

「兄さんってこんなに料理上手だったんですね……感動しちゃいました!」


 喜んでくれる純白を可愛く思いながら、俺は出来上がったナポリタンをテーブルに運んでいく。純白はそんな俺の後ろを雛鳥のようにぴょこぴょことついてくる。

 

 そして二人でテーブルに向かい合い、手を合わせて食事を始めた。


「兄さん、いただきます!」

「はい、召し上がれ」


 フォークでナポリタンを巻き取り、口に入れると純白は幸せそうに表情を緩ませる。


「ん~っ、とっても美味しいっ。兄さんが作ってくれたナポリタンは世界一美味しいです」

「世界一って全くもう。そこまで言われると調子に乗っちゃうぞ?」


「それならもーっと褒めちゃいますね。兄さんは料理がとっても上手でかっこよくて、それに優しいです。そんな兄さんが大好きです」

「はい、調子に乗りましたー。純白の食べたいもの、何でも作りますー。朝昼晩おまかせくださいー」

「やったあ。朝ごはんも昼ごはん夜ごはんも、兄さんが作ってくれるなんて。わたし幸せすぎて涙出ちゃいそうです……えへへ」


 純白が俺の手料理を褒めてくれるのが嬉しくて、俺は少しふざけて言ったつもりだった。けれど純白は心の底からの笑みを浮かべている。


 そうか。そんなに喜んでくれるなら、これからは純白の為に美味しい料理を振る舞い続けよう。学校が始まってからもお弁当まで用意して、毎日毎日愛情たっぷりに純白に尽くしていこう。


 そんな事を考えながら俺もナポリタンを食べていると、不意に純白のほっぺたにソースがついている事に気付く。俺が手を伸ばすと純白は不思議そうに首を傾げた。


「兄さん、どうしました?」

「いいから。じっとしてて」

「ふにゃっ……」


 指でそっと頬を拭うと純白は少しくすぐったそうに、それでいて気持ちよさそうに目を細めた。


「はい、取れたよ。ほっぺたにソースが付いていたから」

「あっ……ありがとうございます。わたし、子供みたいですね……恥ずかしいです」


 純白は顔を赤くして俯いた後、ちらりと俺を見上げて言う。そんな子供っぽい姿も可愛いなと思った。


「美味しそうに食べて集中してたから、気が付かなかったんだな。嬉しいよ、本当に喜んでくれて」

「はいっ、とってもとっても美味しいです。最高のお祝いです。兄さんありがとう」


 それから純白は、俺が作ったナポリタンを完食するまで終始笑顔を絶やす事はなかった。


 そんな純白を見つめながら思うのだ。

 タイムリープする以前の俺は高校生時代、純白に何もしてやれなかった。


 だけど今の俺は違う。

 純白の笑顔の為ならは何だってしてあげたいと思っている


 純白と楽しい毎日をやり直せる嬉しさを噛みしめながら、俺は幸せな昼食を共にしたのだった。

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