第7話

 本当に?


「本当か?」


 父さんが兵士長に尋ねる。

 上擦った父さんの声が僕の思いに重なる。


「畏れながら、本当にございます」


「分かった。

 私もすぐに教会に向かう」


「はっ! 我等がいながら申し訳ありません!」


「いや、よい。

 其方たちはよくやってくれた。辛かろうがもうしばらく頼む」


「はっ!」


 どういうことだ?

 本当にフォルス兄さんとリック兄さんが二人して重体?

 茫然として、考えを放棄していたら父さんがゆっくりと話し始めた。


「聞いたか?

 ハク。今はお前が頼りだ。

 集団暴走スタンピードにより、街に大きな被害が出た。大部分は西の平原で魔物を掃討したようだが、一部、街の中にも被害が出ている。

 我が家でも、長男フォルスと次男リックが重体だ。

 私も怪我をした」


「はい」


「お前が前に立つ必要がある。

 なぁに、皆んな大丈夫だ。不安になる必要は無い」


「はい」


「だがしかし、メイクーンの代表として前に立ってもらわねばならん。

 今、領民の前に立ち、人々の希望として期待を背負ってもらう必要がある」


「はい」


「儂も一緒におる。ここにいる者は皆、お前を助けてくれる。

 何も分からぬだろうが、今から、皆の前に立ち、皆を引っ張っていって欲しい。

 分かるか?」


「はい。父さん」


「では、一つ目の仕事だ。平原に残された遺体を出来る限り丁寧に弔うぞ。

 大変な仕事だ。だが街を守った者たちだ。夜を徹することになっても、弔って欲しい」


「はい」


 途中からは父さんが何を言ってるのかよく分からなくなった。

 ただ、僕がやらなければならないことだけは分かった。


 フォルス兄さんとリック兄さんは動けない。

 街の兵士たちが沢山亡くなった。

 街にも沢山被害が出た。


 動けない父さんに代わって僕が弔う。

 集団暴走スタンピードの被害者たちを弔う。






 そこから、何をどうしたのかよく憶えていない。


 屋敷で休んでいるフォルス兄さんは肩から腹部にかけて包帯が厚く巻かれていて、気を失ったように眠っていた。


 リック兄さんは顔には怪我がないけど、ただ血の気の引いた青白い顔をしてた。

 自慢の白い長毛に艶がなく、こびりついた血が激しい戦いを物語っている。

 浅い呼吸を繰り返し、時折呻き声を上げて苦しんでいた。




 その後、平原に出て亡き骸を集めた。


 一部の領民と共に平原に出ると損壊の少ない遺体を集める。

 街から離れると遺体を運ぶこともできないので、穴を掘って遺体を埋めた。

 魔物の死体も放置できないけど、今は時間がない。


 疲れた身体と麻痺した頭。

 黙々と遺体を供養した。


 五十人亡くなったと聞いた。

 怪我をした人はその何倍もいる。




 朝に発生した集団暴走スタンピードが収まって、既に夕暮れが迫っているが、供養は続いている。


 僕の脳は考えることを拒否してるようだ。

 何処をどう歩いたか、何をしてたか憶えていない。

 ただ、突然目の前に洞窟が現れた。


 こんなところに洞窟が?

 呆けた頭はなかなか回転しない。


 しばらくボーッとしたまま洞窟の入口を眺めていた。


 こんなところに洞窟が?


 こんなところに洞窟が?



 ……前はこんな洞窟なんか無かった!


 急に頭の中がクリアになる。


 兄さんたちが亡くなったと聞いてから緩慢になっていた脳味噌が、洞窟発見の新情報でやっとまともに動き出したようだ。


 夕闇の中、松明に照らされた足元にはなぎ倒された木々が散乱してる。

 集団暴走スタンピードで森の木々が倒された跡だ。

 背後を見ると遠くに見える平原は至るところで篝火が焚かれている。

 ほの明るい平原にはまばらに動く人影が見える。

 更に遠くにはメイクーンの街の影が見える。


 何とか街のシルエットが見える距離だけど、ここは森の中だったところだ。

 森の中でもかなり奥。恵みの泉ファヴァールフォンスとは小川を挟んで反対側。

 遺体を探してる内にかなり奥の方まで踏み込んでしまった。

 気づかない内にこんな奥まで来てたなんて……。


 でも、確かにここに洞窟なんて無かった。


 この辺りの森を走り込んできたから分かる。

 ここに洞窟なんて無かった。


 昼間に起きた集団暴走スタンピード。急に見つかった洞窟。

 誰が見てもこの洞窟が怪しい。


 僕は街を傷つけられた怒りを胸に洞窟に踏み込んだ。



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