第4話

「サラティ姉さん、大丈夫だから離してよ」


「ダメ。

 そんな血まみれ、泥だらけで何言ってるの!

 こんな森の奥で、毒の沼があるし、無理して後に響いたら困るでしょ」


 僕は一番上の姉、サラティ姉さんの騎馬に抱えるようにして乗せられた。


 僕には二人の兄と三人の姉がいる。

 僕が末っ子で上の兄さん、姉さんたちとは年齢が少し離れている。だから、甘やかされているらしい。


 一方で家の継承については関係ないので好きなことをさせてもらってもいる。


 一番上がフォルス兄さん、二十一歳でメイクーンの家を継ぐために父の元で指導を受けている。

 二番目がリック兄さん、十九歳。フォルス兄さんの補佐をする予定だ。


 フォルス兄さんとリック兄さんは水影流剣術シャドウアーツの使い手でもある。領主の子供で道場を開く訳ではないので師範の資格は持っていないが、腕前では目録を持っている。

 つまりは強い。

 しかし田舎貴族なので嫁のなり手がなくて困ってる。


 三人の姉も個性が強い。


 一番上のサラティ姉さんは兄さんたちと同じように水影流剣術シャドウアーツの目録だ。

 今、十六歳で兄さんたちと同じことをして遊んでる内に水影流剣術シャドウアーツも身につけたらしい。

 たまに僕も稽古に連れ出される。


 二番目のシルヴィア姉さんはサラティ姉さんに反発して、魔術師の道に進んだ。

 三番目はスファルル姉さんで、ちょっとズレて建築の勉強をしてる。


 一番上のサラティ姉さんが強くて我儘なので、二人も同じようにかなり好き勝手してる。流石、猫人ワーキャットの一族。

 二番目のシルヴィア姉さんと三番目のスファルル姉さんは双子で共に十四歳。上級学院に通う年齢だけど、二人は通っていない。


 サラティ姉さんから、上級学院には貴族が嫁探しに来ていると聞いて、行くのを嫌がったからだ。そう言ったサラティ姉さんも上級学院には行っていない。子爵程度の子供だと男の子は上級学院に通っても、女の子は通わないことが多い。もっと公都に近い所領で良い縁組を求める場合は通ったりするみたいだけど、親の考え方次第ということだ。


 その点、父さんも母さんも恋愛至上主義なところがあるので、子供を政略結婚の道具にするつもりはなかったし、幸いにしてメイクーン家の子息が政略結婚の対象とした求められる要素も無かった。


 五代前の先祖が魔の森を開拓してメイクーン子爵家ができた。それから百年かけて地道に開拓を続けやっと領地が形になってきたところだ。

 どこの貴族もこんな辺鄙な土地を狙わないし、親の方も子供を外に出すよりも領内で力を発揮してくれれば嬉しい、というのが実情だ。



集団暴走スタンピードかな?」


 サラティ姉さんの後ろに乗せてもらい、お腹に手を回して聞いた。


「恐らくそうだわ。

 今、お父様とお兄様たちも平原で魔物モンスターと戦ってる」


「姉さんたちは?」


「シルヴィアはお父様たちの援護。

 スファルルは屋敷でお母様と一緒に待機してる。

 悪いけど、このまま平原の方に回るからね」


「分かったよ。

 ひょっとしたら僕も少しは戦えるかも知れないし」


「ハクは無理しないで街に戻って。

 あなたの毛に血は似合わないわ」


 サラティ姉さんはそう言ってお腹に回してる僕の手を握り締めた。


 メイクーンの家系は白い毛並みと青い目が特徴だ。

 少し銀や灰色の毛が入っていたりするけど、毛足の長い白髪が多い。

 サラティ姉さんも白地の長毛に青毛の虎模様が混ざっていて、尻尾が太く長い。メイクーンの特徴を継いでいる。


 僕の毛は明るい白に銀が少し混ざっている。

 生まれたとき、あまりに真っ白だったのでハクと名付けられた。


 セルリアンス共和国では白毛に対して二種類の言い伝えがある。

 一つは高貴なる血筋、導き手の証というもの。

 メイクーン家は白毛が多いが他の一族では白毛は珍しい。目立つからこそ期待もされる。そんな希望なのだ。


 もう一つは逆の意味。

 災いを連れて来ると言われている。

 メイクーンの一族にあっても目立つ白さだったので、他の名前では名前負けすると思った父はそのままハクと名付けた。


 サラティ姉さんはそう言って僕を街に戻そうとしたけど、目に入った光景はそれどころじゃ無かった。


 森を抜けて平原に入った瞬間、一面に獣と魔物モンスターが溢れている。

 あちこちに火の手が上がり、特に中央には恐らくシルヴィア姉さんの放った魔法でできた大きな火柱が燃え盛っている。


 ドグンッ!


 一瞬で目の前が真っ赤になり血が沸き立った。


 サラティ姉さんの馬から飛び降りると剣を振り回しながら一番魔物モンスターの多い中央に向かって走り始める。


「待って! ハク!」


 後ろでサラティ姉さんが怒鳴っているけど、今はそれどころではない。


 魔物モンスターを街に向かわせてはならない。


 平原を埋める魔物を前に、先ほどの大山椒魚グランレプティア戦を上回る筋力が溢れ出てくる。

 筋力に慣れたのかさっきよりスムーズに片手剣を扱える。


 片っ端から魔物モンスターを斬り伏せていると、血吹雪が霞のように細かく舞う。

 それほどまでに速く剣を振れるようになってきた。


 それでも戦況は圧倒的に悪い。


 辛うじて平原で止まっているけど、もう少しで街の守りの柵に辿り着かれてしまう。


 気が焦るけど、平原の中央では巨大猪ヒュージボアが何匹か暴れてる。三メートルはあるだろう。

 厚い毛皮で槍を弾きながら、兵士を突き飛ばしている。


「邪魔だっ!」


 巨大猪ヒュージボアの足を切り落として動きを止めたとき、街が光り輝いた。



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